かち割りコンロッド

金属が強いのは粘り強い材料だから.

金属に引っぱる力がかかると,表面の微細な欠陥が亀裂になって深く進もうとするとき,その亀裂の先で材料が塑性化して「粘る」ので,亀裂の進展に大きいエネルギーを消費することになる.このため,金属の物体を壊すには大きいエネルギーが必要(=金属は強い)となる.

原子と原子を引き離す力の強さを材料の強さとすると,例えばガラスの方が金属よりはるかに強い.

しかし,ガラスの場合は表面の欠陥が亀裂として進展するとき,材料に粘りがないので,ほとんどエネルギーを消費しない.ガラスが弱い材料と思われているのはこの粘りのなさ=脆さによる.逆に,ガラスを微細な繊維に加工したグラスファイバーは大変強い.これは,繊維状にすることで表面の欠陥がなくなることによる.

金属も,条件が揃うと,亀裂が進展するのにエネルギーをさほど必要としない状態が生じることとなり,ガラスのように脆い破壊をすることがある.

金属疲労により亀裂が長く進んでいると,ある時突然,脆い破壊をする.金属疲労の怖さはここにある.

温度が低い時も金属は脆い破壊をする.冬の夕方,腐食疲労が進んでいた部材が脆い破壊をし,橋が崩壊して大きい被害を出したことがある(Point Pleasant橋).

こんなわけなので,技術者は金属の脆い破壊(脆性破壊)は敬遠するものだと思っていたのだが,最近知ったのがこれ.

FSコンロッド(Fracture SplittingConnecting Rod,かち割りコンロッド).

コンロッドを一体ものとして加工した後,ビッグエンドを脆性破壊させて二つに割る.後に,クランク軸をはさんでボルトで締める.

従来は二つの部品として別々に加工し,別々に加工しながらクランクを挟む孔の加工精度を高める必要があった.これには孔の加工だけでなく,部品の接合面の加工精度も高める必要があるし,部品を合わせるためのガイドも必要とされた.

FSコンロッドでは,もともと一体の部品なので孔の加工精度を高めることができ,かち割った破面はふたたびきれいに合わさるので接合面の加工も不要.破面の凹凸が正しい接合位置も決めてくれる.このような利点がある.

しかし,これを実現するには,今度はビッグエンドをかち割るとき,塑性変形を一切起こすことなく割らなければならない.でないとせっかく加工した孔の形が変わってしまう.

脆性破壊を工業に応用するとなると,今度は完全な脆性破壊を追求しなければならなくなる.このような逆説的な奥深さが技術の世界の面白いところ.

最近になってようやく製品を市販できるレベルにビッグエンドをかち割る技術(材料や温度管理や荷重のかけ方など)が進んだのだろう.リンク先のヤマハのバイクの他,日産の新エンジン,HRエンジンやMRエンジンも採用したと聞く.

究極は,破面を合わせてぎゅっと押すと元どおり一体となるような完全なかち割りを実現することだろう.ボルトなど使わずにビッグエンドを形成できる.

ブラックジャック』で刀鍛冶が瓜でメスのためし切りをした時みたいに.

材料の表面と内部では原子の力のバランスが違うから,一度表面になったものは破面をぴったり合わせても「内部」には戻らない,というのが現実なのだろうとは思うのだが.