昨日の記事にちょっと関連して,太平洋戦争で英語が敵性語として排斥されたという話はよく聞くのだが,どれぐらい排斥されたかというと,そんな徹底したものではない.そもそも軍部が禁止したとかいうトップダウンなものではなく自主規制みたいなものだったと思った.
ということで手元の『航空朝日』昭和19年10月号を見る.昭和16年10月号も持ってるけど比べて昭和19年の号は厚さ半減,紙や印刷や製本の品質もかなり落ちていて逼迫具合が見て取れる.表紙にある目次はこんな感じ(原典では横書きは右から,漢字は旧字体).
- ヘリコプターの話
- 串型翼の再検討
- 冷却器の研究を通して
- 研究所の単能化
- 定速プロペラの現状と将来
- 最近の海外航空事情
- ソヴィエトの木製機材料・B二九を見ろ・跳躍爆弾・海外航空写真ニュース・・・・(グラビア)
「ニュース」とか「グラビア」とか,敵性語といっても排斥ぐあいはこんな感じ.中の記事も違和感あるほどカタカナ語は減っていない.
ということで今日の画像.この雑誌に出ていた公告.商品名「マミヤシックス」もそのまま.
というか,隣はヒロポンか!(笑)