女性国際戦犯法廷の証言を読む

2000年に行われた「女性国際戦犯法廷」がすっとこどっこいな代物であることは既に各所で明らかにされているわけであるが、『SAPIO』誌の2005年2月23日号を眺めていたら秦郁彦先生がさらにこう語っていた(P.17)。

しかし、誰ひとりとして彼女達が強制連行によって慰安婦にされたということを証言する証人がいないんです。以前、私が調べた範囲内で言えば、もっとも多かったのは親に売られ、同国人、たとえば韓国人女性なら韓国人の女衒によって慰安所に連れて行かれたというケースです。つまり、当時の法制化では合法的な商行為だったわけです。

ちょうど女性国際戦犯法廷での証言(朴永心証人)がid:noharra:20050125#p1で紹介されているので確認してみる。

彼女は14歳の時、勤め先の洋服店に来た「軍服に帯剣」の巡査に「いい金儲けの口があるが行かないか」と誘われ、ついて行ったところ慰安婦にされてしまったという。

ポイントは「巡査」。強制連行が上からの指示ならなぜ「いい金儲けの口」などと甘言を弄して連れ出したのだろう。命令で女性をさらいに来たのだから堂々と連行すればいいのである。逆に言うと、上からの命令など存在しなかったと考えた方が自然だ。

ということでこれについて考えられるのは以下の3通り。

  1. 「巡査」というのがそもそも記憶違い
  2. 巡査はニセ警官。実は警官の格好をした悪徳業者
  3. 巡査は本物だが実は業者と結託して女性を騙して回っていた不逞警官

検事の側はこの証言の裏をとって日本国が強制連行したという動かぬ証拠をつきつければよかったのに、なぜかそういうことはしなかったようだ。被害者を救い悪を糾したいなら真面目に証拠を探してもらわなければ誠意がない。所詮は弁護側から反論がこない裁判ごっこ。北の工作員といえども力の入れようはこの程度ということか。

で、確かにこの証言は「強制連行によって慰安婦にされた」ことを明らかにしていない。他の証言も同様だろうか。

この証言を読んでいくと、連合軍の爆撃で12人中8人が死亡する過酷な状況の中、「握り飯を作り」、「日本軍の戦闘壕へ運ん」だとある。

少し感動。彼女達も日本兵とともに勇敢に戦ったという証言ではないか。彼女達の敢闘は称えねばなるまい。

従軍慰安婦関係の資料、官憲による「強制連行」を示すものは一つとして見たことはないが、戦記物の視点で見るとそれはそれで色々分かって興味深い。戦争は何から何までドラマに満ちている。