神の憲法

民主党の「憲法提言中間報告」について引き続き。


(9)信教の自由と政教分離ルールのあり方

国家と宗教との「厳格な」分離を基本理念として規定する。宗教的人格権を、個人の人格的生存に不可欠な権利として、新しい人権に位置づけることを検討する。政治的解決策として、新しい国家追悼施設の建設・整備を進め、靖国神社参拝問題を事実上終焉させる。

首相の靖国神社参拝問題という政治課題を解決するためにわざわざ憲法を変えると。民主党政教分離に関してそれしか考えてないのか? スケール小さいぞ。

だいたい、「国家と宗教との「厳格な」分離を基本理念と」するなら、「国家追悼施設の建設・整備を進め」るというのはおかしい。「追悼」というのは宗教的な行為に他ならない。

いくらなんでも頭使わなすぎ。

「近代国家の概念でありイデオロギーである」国民国家は「民族を国民という単位に纏め上げて成立」しており、民族は「一定の文化的特徴を基準として他と区別される共同体をいう。土地、血縁関係、言語の共有(国語)や、宗教、伝承、社会組織などがその基準となる」とされる。

従って、国家と宗教を完全に分離するというのは不可能なことだろう。

「国家権力と宗教の分離」ならば合理的なものだが。政教分離原則とは以下のようなものであって、「国家」が宗教に関与してはならない、というものではない。

  • 政治とは世俗的であるべきだという原則
  • 権力は宗教的に中立であるべきだという原則

逆に、憲法そのものが神に言及している国は少なくない。EU憲法制定にあたってもこんな議論があったぐらい


「神」に関する言及

 さらに、憲法前文において、「神」(キリスト)について言及すべきかどうかについても争いがある。イタリア、ポーランド、マルタ、リトアニアポルトガルチェコスロバキアの7か国は、史実とヨーロッパの基盤を重視し、憲法前文で神について言及すべきであることを改めて強調しているが(なお、「神」とはキリストのみを指すものではないとしている)、フランスとベルギーはこれに反対し、単に、文化的、宗教的、また、民族的なヨーロッパの遺産について一般的に触れれば足りるとしている。また、カトリック教国のスペインも、前文で触れる必要はないとしている。

だいたい、国家追悼施設の建設・整備というのは某政教分離に関して疑義のある政党と主張が同じではないか。いいのかそれで。

そして追い打ち。

この記事を書くにあたって、「憲法 神」でぐぐってみた。そして見つけたページ。

民主党のかかげる政教分離は現行憲法の記述を逐語的に解釈したもの、つまりこれについては「護憲」的立場にある。で、九条に関しても護憲という人の主張がこの状況。

いかに国家と宗教が別ち難くあるものかというのが実感できる。

人は国家に神聖なものを期待しているのであり、「国家と宗教との「厳格な」分離」はナンセンスだし、それを基本理念としてかかげるのは政府としては一種の逃げだ。むしろ、政治はどのように宗教に関与することが適切なのかを常に考え続けなければならないだろう。もちろんその答えは、国ごとに、そして時代ごとに違ったものになるはずだ。