ミサイル防衛を考える

「アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局」というところがこんな記事を発表している。

対北朝鮮戦争挑発の“道具”としての自衛隊法改悪に反対する


◎どう取り繕っても文民統制の完全な否定

緊急を要するミサイル防衛では、迎撃を決断する権限は現場指揮官に持たせるのが妥当。そして、民主的な手続きで迎撃の手順が決められているのであれば、シビリアンコントロールは十分に有効になっていると考えられる。


◎対北朝鮮戦争挑発、東アジアの緊張激化を煽る「ミサイル防衛

弾道ミサイルを持っていない日本と、持っている北朝鮮、どちらが「東アジアの緊張激化を煽」ってるんだろうか。で、MDでミサイルを無効化し緊張を緩和しようとすると文句を言うと。なんと不思議な平和運動であろう。


 またPAC−3は射程範囲がわずか25km、空自に6個ある高射群に配備すると言うが、こんなもので「防衛」出来る範囲はたかが知れている。しかも政府はPAC−3が導入されるまでは現在のぺトリオットPAC−2で迎撃するというが、このミサイルがまともなミサイル迎撃能力を持っていない事は湾岸戦争で証明済みである。つまり「ミサイル防衛」とは、純技術的に言っても日本と国民を守るものではない。相手を挑発するためのものなのである。

SM-3でミッドコースで全部撃墜できれば国民は守れる。全部撃墜は無理としても、国民を守る意思は十分感じられる。SM-3を無視してPAC-3だけで結論を出さないでもらいたい。


[3]現場の指揮官に“戦争権限”を与える危険。「軍部の独走」を法制化する異常な事態。「常時迎撃命令」という名の対北朝鮮戦争挑発。

<戦争する権限>って、向うがミサイル発射した時点で戦争始まってるんだけど。


[4]誰が判断するのか−−隠されているウソ。「現場指揮官」とは米軍のこと。要するに米軍にミサイル発射=戦争権限を白紙委任するに等しい。

軍事は最悪の事態を考えて備えるもの。ミサイルが日本を狙っていると分かった時点では手遅れになるかもしれない。日本に落ちる公算が僅かでもあるなら、そのミサイルは日本の権限で打ち落とすべきだろう。

どのみち、アメリカから弾道ミサイルの情報が来るということはそれが日本か同盟国アメリカに落ちるかのいずれかなので、迎撃しても日本は損しないはずである。


言うまでもなく、もしミサイルが米軍の艦船や他の地域を標的としていた場合に迎撃すれば集団的自衛権の行使になり、政府見解でさえ憲法違反となる。まして、ミサイルではなく人工衛星の発射実験であったりすれば、日本側の迎撃が新しい戦争の引き金を引く可能性がある。

日本に落ちる公算が少しでもある場合は、日本の個別的自衛権で対処できるはずである。

日本本土にある在日米軍や、日本領海の米艦船への攻撃はすなわち日本本土への攻撃なので、日本は個別的自衛権により米軍と共同作戦可能。

公海上でも米軍と共同作戦可能な距離に自衛隊がいるなら、その自衛隊が攻撃される公算があるため、共同作戦可能。

集団的自衛権とは、例えば台湾が攻撃されたとき日本が参戦するような場合なのであって(そういう同盟関係があれば)、日米同盟は話が別。

人工衛星であった場合はどうか。日本がロケットの経路にあるのに事前通告なしに衛星を打ち上げるのは十分敵対行為。「ミサイルかもしれない」という万一の事態を考えて迷わず迎撃するべし。事前通告なく衛星を打ち上げるようなDQN国に遠慮はいらない。

ということで無茶苦茶な記事である。

もっとも、「将来的には対中国軍事対決の軍事的テコとして危険極まりない役割を持つ「ミサイル防衛」」とあるように、MDが戦略兵器だという認識は正しい。これが完成すれば敵の核ミサイルを無力化できる。ということは、「相互確証破壊」とはまた違った形の核抑止力になる。例えば以下をご覧願いたい。

戦略ミサイル迎撃ミサイルの意味

戦略的には核に相当し、しかも誰も殺さないというのがミサイル防衛。日本にとって大変ふさわしい戦略兵器と言える。

もっとも、完成までは長い道のりがある。しかし踏み出さなければ始まらない。その長い道を今歩き出したところというわけ。私はMDを一応支持する。

「一応」というのも、予算のつけかた。MDの予算のために陸海空の通常の装備の予算が削られるというのはつらい。

MDは核兵器に対抗する戦略兵器なのだから、これは、もしも仮に日本が核武装するとした場合に、必要となるであろう予算を算定し、それを「核は国是に合わないのでMDにします」と説明して、MDに回すべきだと私は考える。