引き裂かれた祖国

映画『ベスト・キッド』の原題は何のヒネリもなく"Karate Kid"。この映画は空手の師匠のパット・モリタ演じるミヤギ老人がとても渋い。

1941年12月、日米開戦の際、アメリカは日系人強制収容所に収容するという暴挙に出た。ミヤギも妻とともに収容所に収容されるが、志願してアメリカ兵となり、欧州でドイツ軍と戦った。彼らの戦いは日系人への不当な差別に対する戦いでもあった。自分たちも立派なアメリカ人であることを身をもって証明し、日系人の名誉を守ろうとした。

日系人アイデンティティを規定する二つの祖国が、互いに憎しみ、戦うことになってしまった悲劇を、映画はミヤギの回想の台詞の中で簡潔に、しかし印象深く描写している。戦地で勇敢に戦うミヤギ、その彼に届く、収容所で、奥さんが身ごもった子供とともに亡くなったという知らせ。

今日届いたニッコールクラブの会誌で、宍戸清孝氏の招待作品のテーマがまさに、大戦中の日系人だった。

ミヤギのエピソードは映画、すなわちフィクションだが、『ニッコールクラブ』2005年春号にあるサダオ・ムネモリ上等兵の実話は映画に負けずに胸を打つ。

詳しくは例えばリンク先を参照されたいが、サダオ・ムネモリ上等兵は自らを犠牲にして仲間のアメリカ兵の命を救った。

これに対し、アメリカは合衆国議会名誉勲章を贈る。そして記念碑を建てて彼の武功を顕彰している。

日系人であっても立派なアメリカ人であると意地をかけて戦い、散って行った兵士。その彼の記念碑には漢字で「殉国碑」と書かれている。アメリカもまた、彼の日系人としてのアイデンティティにできる限りの敬意を表している。

戦争と殉死という場面での、個人の献身と共同体による顕彰という一つの形。日系人への差別政策がなければ個人の共同体意識と共同体の関り合いはもっと違ったものになっただろう。日米開戦がなければもっとさらに違ったものになっただろう。

個人は国に対して何を期待し、どういう態度をとるべきか、国は個人の権利をどう保護し、個人の献身にはどう報いるべきか。そういったことをこの複雑なエピソードから色々考えさせられる。

というか、アメリカ人として勇敢に戦う日系人に対し日本人として誇りを感じるという複雑な事態が興味深い。

なを余談ながら。「愛国心」とは国を愛する自由であって、義務ではないというのを今さら気がついた。リベラルな皆様には個人の国を愛する自由をどうか尊重してもらいたいものである。