靖国問題

靖国問題 (ちくま新書)

靖国問題 (ちくま新書)

要約すると;

  • 戦争は悪なので戦死者を顕彰してはいけません

こんな本が売れるとは日本もまだまだ平和だ。

高橋氏によると、国家が戦死者を顕彰することの意義は、国民を戦争に駆りたてることにあるという(P.62)。

 国家は、戦争に動員して死に追いやった兵士たちへの「悲しみ」や「悼み」によってではなく、次の戦争への準備のために、彼らに続いて「お国のために死ぬこと」を名誉と考え、進んでみずからを犠牲にする精神を調達するために、戦死者を顕彰するのだ。

つまり、「死んだ人を顕彰すると、死にたくなる人が出る」。出るわけあるか。

顕彰してもらうぐらいのことで死ねる人などいない。「将来の夢はお国のために戦って死ぬことです」と語ったであろう軍国少年であっても、第一の目標は敵と戦うことであり、死ぬことは二の次、死なないですめばそれに越したことはない。軍隊にしても同じ。戦う兵隊は必要だが死にに来る兵隊はいらない。指揮官にとって部下は宝であり、簡単に死なせるわけにはいかない。「靖国神社が戦争を煽る」というのは妄言だ。

靖国問題」に関して既往の議論を充分押さえていないのも問題。学者として恥ずかしくないのだろうか。

政教分離原則に関してはいくつも「首相が神社に参拝するぐらいは合憲」という説が出ているのに言及なし。「目的効果基準」は津地鎮祭判決を無視して2004年4月の福岡地裁亀岡清長裁判長の「違憲」判断でようやく持ち出す有様。しかし「判決」と銘打って引用している文は傍論であり、法的な効力を持つ主文ではない。巧みに嘘にならないよう書いてあるが、本書の靖国訴訟に関する記述は詭弁だ。存在しない「合憲判決」と言うが、「違憲判決」もありはしない。

靖国裁判の問題点、「A級戦犯」合祀問題、サンフランシスコ講和条約第11条の解釈、日本の伝統的宗教との関連などは1998年発行の小堀桂一郎:『靖国神社と日本人』(ISBN:4569601502)で論じられているがこれも無視。

靖国神社が戦死者を顕彰する施設であることは確かだが、高橋氏に言わせるとこうなる(P.57-58)。

 ところが、靖国の祭り(祀り)は、こうした感情に沈むことを許さない。それは本質的に悲しみや傷みの共有ではなく、すなわち「追悼」や「哀悼」ではなく、戦死を賞讃し、美化し、功績とし、後に続くべき模範とすること、すなわち「顕彰」である。靖国神社はこの意味で、決して戦没者の「追悼」の施設ではなく、「顕彰」施設であると言わなければならない。

「許さない」って、誰がどう許さないのか。靖国神社はお祀りしている英霊や遺族や参拝者の感情に対して何も強制していないはずであるが。この、「顕彰」と「慰霊」が対立概念で両立し得ないという思い込みにはあきれた。

感情をどうこう言うということではむしろ高橋氏の方がひどい(P.51)。

 もしそうだとすれば、靖国信仰から逃れるためには、必ずしも複雑な理論を必要としないことになる。一言でいえば、悲しいのに嬉しいと言わないこと。それだけで十分なのだ。まずは家族の戦死を、最も自然な感情にしたがって悲しむだけ悲しむこと。十分に悲しむこと。本当は悲しいのに、無理をして喜ぶことをしないこと。悲しさやむなしさやわりきれなさを埋めるために、国家の物語、国家の意味づけを決して受け入れないことである。「喪の作業」を性急に終らせようとしないこと。とりわけ国家が提供する物語、意味づけによって「喪」の状態を終らせようとしないこと。このことだけによっても、もはや国家は人々を次の戦争に動員することができなくなるだろう。戦争主体としての国家は、機能不全をきたすだろう。

なんという傲慢。遺族の方がどのような感情をもとうと他人が口出しできることではないではないか。

本書には、戦死者に対する感謝の念が全くないことも記しておきたい。小堀氏の『靖国神社と日本人』では感謝の念が通底しているのと対称的。高橋氏は感謝どころか、日本人の戦死者を侵略戦争の加害者と見なしている(P.72, P.79, P.96)。この意味でも靖国神社を肯定できないし、ご遺族にも上記のような暴言を吐けるのだろう。

もちろん、本書の趣旨にはまったく同意できない。

ただ、多くの引用されている文献は面白い。「これは問題だ」といったふうに紹介されている文に心を動かすものが多いこと。第1章の「感情の錬金術」など、引用している葦津珍彦:『国家神道とは何だったのか』(神社新報社、1987年)に論破されているのではないかと思えるほど。文献集としてはそこそこ価値があるかもしれない。

本書で批判されている「神社非宗教」論にしても、そんなに悪いものかなと思う。これは国民共同体を特色づける民族の宗教的アイデンティティと、個人の信教とが互いを尊重してうまくやっていくための一つの智慧ではなかろうか。