ダッソー製戦闘機の系譜

ジェット戦闘機の形態の進歩は、フランス機を見るとだいたい1代ごとに移り変わってゆくので分かりやすい。

ミラージュF1以降は攻撃能力を重視して形状が決まってきている。戦闘攻撃機の形態として、ダッソー社の最近の解はカナードつきデルタ翼。EF2000タイフーンやJAS-39グリペンと同様。一方、アメリカは尾翼つきの切落としデルタ翼から方針を変えていない。どちらが最適解かは簡単には決まらないようだ。

MD450ウーラガン(1949年初飛行)

機首にインテーク、機尾に排気筒という当時の標準的な胴体に直線翼の組合わせ。

MD452ミステール(1951年初飛行)

ウーラガンを後退翼化。最大速度1060km/h。

シュペルミステール(1955年初飛行)

後退角約45°の後退翼アフターバーナーつきエンジン(SNECMAアター101G)で音速を越え、ヨーロッパ初の実用超音速戦闘機。

最大速度1195km/h、自重7000kg。

ミラージュIII(1956年初飛行)

無尾翼デルタ翼機。最大速度マッハ2.2で、音速を超えるのがやっとだったシュペルミステールに対し、一気にマッハ2級に進歩している。

最大速度の向上にはエンジン増強(アフターバーナー使用時に4500kgf→6300kgf)も効いているが、デルタ翼ショックコーンつきのインテイク、エリアルールの考慮など新技術の効果が大きい。

自重はシュペルミステールに対しわずかに増しただけの7050kg。デルタ翼の軽量化の効果が見て取れる。

ミラージュIIIは高速である他、機首にレーダーを装備し、低い翼面荷重により兵装搭載量が増し(1000kg→4000kg)、格闘戦にも強く、戦闘機としての実力がシュペルミステールより遥かに高い。

ミラージュF1(1966年初飛行)

尾翼つきの切落としデルタ翼を採用し、STOL性と兵装搭載量を改善して、ミラージュIIIより攻撃能力を大幅に高めたもの。

主翼はシュペルミステール後退翼と比べてアスペクト比が小さく、後退角が大きく、テーパーもきつくなっている。これによりデルタ翼に似た構造をとることができ、主翼自体はシュペルミステールより相当軽量なはず。

一方、ミラージュIIIの7050kgに対しF1は7400kg。「やや重いが、これがデルタ翼後退翼の差と考えて良い」(浜田一穂航空ファン1987年11月号)とのこと。切落としデルタ翼とはいえ、本当のデルタ翼ほどは軽くならない。具体的には主翼の構造重量増分と高揚力装置とオールフライング式の水平尾翼一式と強化された降着装置の差だろう。

ミラージュ2000(1978年初飛行)

無尾翼デルタ翼に戻ってしまった。

SNECMA M53というフランスの国産エンジン使用を前提としたため、限られた出力に起因する選定と考えられる。無尾翼デルタ翼の軽量化と空気抵抗低減のメリットは今日も無視できないようだ。また、慣れた技術であるためか、開発期間が短いことも本機の特徴。

本機はファストバックのキャノピーで後方視界が限られ、後部胴体も非常に細くしぼってある。このような抵抗軽減の努力は、M53双発で推力に余裕があるミラージュ4000と比べて見るとよく分かる。カナードをもたないのも余裕がないためのようだ。

デルタ翼そのものは伝統的な三角形だが、重心位置を後退させかつ前縁のコニカキャンバーをなくしている(必要な時は前縁フラップが動作する)。これらは運動性の向上やSTOL性の向上につながる他、空気抵抗の低減にも寄与している。

なお、上記により安定性が不足するが、コンピューターが操縦系に介入して能動的に安定性を増強している。ミラージュ2000は現代の技術(F-16と同様FBWでCCVでRSS)で無尾翼デルタ翼を見直したものとされる。

ラファール(1986年初飛行)

デルタ翼で仕切り直し。今度はカナードつきデルタ翼。SNECMA M88双発で推力に余裕ができ、カナードの装備や涙滴型キャノピーが実現した。

ミラージュF1では水平尾翼の設置と主翼の高揚力装置でミラージュIIIの欠点を改善したが、ラファールでは先翼によりデルタ翼の欠点を改善している。

  • 機首上げは主翼後縁を下げ舵とする(その分揚力がマイナス)のではなく、カナードを上げ舵とする(主翼にさらにカナードの揚力が加わる)
  • カナードが発生させる渦が主翼上面の気流を安定させる

なお、巡航時はカナードは不要なので、ヒンジ部に力を加えず、カナードはその部分の気流に平行になって、できるだけ抵抗にならないようにしている。ラファールの写真でカナードが若干下げ舵となっているのはこの状態。