雲のむこう、約束の場所

ほしのこえ』で一番感動したのは、見越し角をとって鉄砲撃って移動目標を撃墜するところ。そういう人が航空アクションものの映画に挑戦していたのを思い出して、レンタルで見た(この段、表現に誇張あり)。

飛行機はどこまで見せてくれるのか、あまり期待はしていなかったがしなくて正解。そういう映画ではない。

そのかわり、ねっとり描かれるのが電車。もうず〜っと電車。あの手この手の電車の描写に色々感心した。網台にカメラ置いたり。しかし車内に差し込む日差しの美しさといったら。

次に背景。新海氏は色々出来るけど、特に背景が描けるのが偉いと思う。夕焼け雲の描き方が特にいい。

それで人物。これは日常の描き方。これがまたねっとり、執拗な程「日常」にこだわる。

今時「日常」にこだわる作品は珍しくはないが、この人はやはり一段抜き出ている。

特に前半の中学時代偏での、沢渡の描写はある種の熱意のもとでの膨大な観察結果の集大成と信じる。カメラワーク、しぐさ、セリフ、小道具ほか。日常描写がうまくいっているので、非日常の部分が少々妙でも乗り切れた感がある。

非日常の方は、「南北分断」とかいったネタは少々荷が重いと思った。戦争ものとして見るのはお薦めしない。例えば、列車で輸送中の戦車は砲塔を後ろに向けて、主砲を車体後部に固定するのが普通。そういう系統のこだわりは特にないようだ。

飛行機の描写は、電車の1/10でも情熱と知識をつぎ込んでくれれば、と思わないでもないが、飛行機も塔も現実と幻想の中間領域にあるようなので、あれはあれでよいのだろう。むしろ、主翼より幅のあるプロペラなど、半端に飛行機を知っていたら思いつかない。

それでも、あの高〜い塔のてっぺんまで大気圏が続いているような描写は驚いた。現実には、高度100kmに達すれば「宇宙へ行った」と認知される。時速1000km/h台の飛行機が飛び交う空中戦は、高々0〜20kmのごく薄い世界の出来事だ。あの素晴らしい夕焼け雲を描きながら、大気圏の「薄さ」はそんなに意識していなかったのかと、ちょっとショックだった。

もっとも、塔そのものが実在というより幻影のようなものなのかも、と思わないでもない。青森と新宿で同じような太さに見えるわけだし。それで、近くに行くと高さが変わるのかもしれない。要するに、大気圏の認識が変といっても作品として致命的なものというわけではない。

まとめると、映画としてけっこう気に入った。熱烈に好きか、と言われると困るけれど。