年末の風景

ずいぶん昔のことだが、私の実家では毎年餅つきをしていた。

母と祖母が庭で薪をくべて餅米を蒸している。そのむこうで臼を挟んで父と祖父が向き合っている。父が杵をふるって餅をつき、祖父がこねとりをしている。そういう光景が今でも思い出される。空は曇っていて、「雪だ」と姉がつぶやいた。空から粉雪がはらはらと落ちてきていた。

どれぐらい前かというと、多分3歳になる直前だと思う。『ゲートキーパーズ』の時代あたりだ。記憶の中では、その時左手の人差し指にぐるぐると包帯が巻かれていた。母の真似をしてジャガイモの皮を向こうとして、包丁で怪我したもの。怪我した瞬間を覚えている。その後大泣きしたことも。しかしさらにその後は、祖父の自転車の荷台で、医者に連れていってもらう途中に記憶が飛ぶ。

怪我はあんがいひどくて、左手の人差し指にはまだ目立つ跡が残っている。関節が変形して指が横に曲がっているし、まっすぐ伸ばすこともできない。しかし、幸い指を曲げることはでき、こうしてキーボードを打つこともできる。関節がだめにならずに済んだのは、すぐ医者につれていってもらったからだろう。

餅つきは、私が小学校に上がるぐらいの頃に餅つき機が導入され、以後杵でつくことはなくなった。さらにはここ十何年かは、もう家での餅つきそのものをやめてしまった。

だから私の代ではもう餅をつく機会などないのだと思っていたら、3、4年前に町内会で餅つきのイベントの企画が持ち上がった。杵など持ったこともなく、そもそも体力に全然自信がないガリガリの私だが、男手があまり多くないこともあり、結局順番が回ってきた。杵をふりあげてはちょっとフラついて、危なっかしいと言われながらも、なんとか無事に餅がつけた。

家の伝統としての餅つきを継承したわけではないが、近所の子供らを前にして杵をふるってみると、やはり、わずかながらも何かを受け継ぐことができたような気がした。