田母神空幕長更迭

田母神俊雄航空幕僚長が速攻で更迭された。

http://www.asahi.com/politics/update/1031/TKY200810310298.html?ref=recc

政府見解と露骨に違う歴史認識を、実名で、役職つきで発表しては、やむを得ない措置か。政府見解の是非はここでは置こう。

構図としては、「君が代演奏を拒否して処分された教師」と同じではないか。見方によっては思想・良心の自由を侵害しているともとれるので、左派の皆さん、是非田母神氏を応援してやってもらいたい。

くだんの論文は読んだ。

http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf

1928 年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。

そんな見方もあるのか。参考文献が黄文雄氏だったり櫻井よし子氏だったりするが。

しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。

この部分はかっこいい。確かに被支配にある民族は戦わずして独立を勝ち取ることはできなかったことだろう。ただし、必ずそれが「戦争」の形になったかというと、違うような気がする。

まして、太平洋戦争では、日本はフィリピンやインドネシアの人々の「独立したい」という声や運動に呼応したものとは言いがたい。日本軍の南方進出は資源確保の意味合いの方がずっと強いだろう。

この論文の問題点と思ったのは、先の戦争を「大東亜戦争」と呼び、日華事変と太平洋戦争が地続きのひとつの戦争であるという見方をしていること。これにより、<太平洋戦争も日華事変と同じく防衛戦争であった>といった印象を与えようとしている。

私としては、日華事変と太平洋戦争は分けて考えるべきだと思う。日華事変は避けられなかった戦いだが、太平洋戦争は歴史の必然とは言えなかったのではないか。

歴史に「if」を持ち込んでもどうしようもないことだが、あの時、真珠湾を奇襲せず、アメリカが支配するフィリピンをスルーして、インドネシアのオランダだけを相手に戦いを挑んでいたら、歴史は相当変わっていたかもしれない。ドイツと呼応してソ連に攻め込むとかの「if」もあるだろう。

ふたつの戦争は分けて考える方が、歴史上の分岐点をより多く想定でき、得られる教訓もそれだけ多いのではないかと愚考する。