インターネットはからっぽの洞窟

インターネットはからっぽの洞窟

インターネットはからっぽの洞窟

原書が出版されたのは1995年。WWWが普及し始めた頃でWebブラウザを使う頻度はまだ少なく、ネットといえば主にメールやftp、ネットニュースの時代だった。Webの検索エンジンもまだなく、ネットの検索にGopherを使っているあたりが懐かしすぎてむしろ新鮮。

とはいえ、書いてあることにさほどの古さは感じられない。ネットがはるかに普及した今日こそ、ネットのバーチャルな体験なんかよりリアルの体験の方が有意義だみたいな話はより重みがあると感じられる。

当時からして、ネットの匿名の発言のたちの悪さがネタになっている。この頃は2chみたいなWebの掲示板ではなくUsenet。あまりの不毛さに嫌気がさして草の根BBSで一息ついているあたり、今ならさしずめSNSといったところだろう。

ネットが不毛な戦いの場になるというのはもっと前、日本ならNIFTYの時代からあったこと。朝のガスパール事件など1991〜1992年でもう20年近く前のことになってしまう。あれからネットが少しはおだやかになるかと思えば、1995年頃ならネットニュースが荒れ、Webが普及すれば2chと。まあ人間にとってネットとはこういうものとあきらめるしかないだろう。

著者が南京に行った話がちょっとおもしろかった。米中研究者交流プログラムで留学したという。留学先でやっかいになったのはリー・ファン教授。なんと4年の強制労働から帰ったばかりという。文化大革命の爪痕がまだ生々しい頃の話。

この教授、古典の資料をひもといて天文学のデータを集め、三角関数表とソロバンを使って手作業でフーリエ変換を行ったという。著者はこれをコンピュータでやればちょちょいなのに、と思うも、手計算の結果と電算の結果を照らし合わせてある悟りに至る(P.52)。

本当に大変なのは、データを理解し、それをどう利用したらいいかを考え出すことなのだ。

解析にコンピュータを使ったからといって、研究の質がそれで高まるというものでもないという、なかなか興味深い話だった。