バベッジのコンピュータ

ディファレンス・エンジン』を読む前に基礎知識として読んでおこう、と思って買った本。そのまま10年以上読まずにしまったままにしてしまい、結局『ディファレンス・エンジン』の方を先に読んでしまった。

読み始めて見ると読み易く、また面白かった。なぜ買った時読まなかったのかまったく謎。

30台の若さで政府を動かして階差エンジン開発という大プロジェクトをとりしきったというのはすごい。これは科学技術の歴史に刻むべき事項のひとつだろう。ただし、輝かしい成功の事例ではなく、教訓的な失敗として。バベッジの先進的な思想は評価に値するが、階差エンジンが完成しなかったこともまた捨て置けない。

本書ではその挫折の理由として、<当時の技術水準がまだ低かった>という通説を否定し、次のように書いている(P.131)。

 優れたバベッジ伝をあらわしたブルース・コリアーは、バベッジの並外れた完全主義こそ挫折の最大要因だと見ている。これを受けてリンドグレンも、バベッジが部品に課した精度要求が高すぎたのだと結論した。
 階差エンジンは確かに群を抜く精密さを誇っていたが、のちにシュウツ父子が示したように、実際にはもっと簡素な機構で充分だったし、精度の設定も必要より高すぎた。バベッジの完全主義が結果的に、設計や製作を必要以上にむずかしくしたことは否めない。また、バベッジが機械部品を表現するために開発した独自の表記法も、問題をかえってむすかしくした、という意見もある。

天才肌のバベッジは階差エンジンの部品にきわめて高い精度を要求した。また、新しいアイデアを思いついてたびたび設計を変更したという。これらのためにコストは上昇し、完成も先へ先へと伸びて行った。

ここに見ることができるのは、プロジュクトを完成させるには、天才的な頭脳だけでは充分でないということ。優れた技術者には、科学者とはまた別の素養が必要だということが示唆されている。

209ページでもふたたびシュウツ父子の階差エンジンの成功に触れ、このように書いてある。

 同じ原理に基づきながらバベッジは製作に失敗し、シュウツ父子は成功した。これはなぜだろうか。答は簡単で、要するにスウェーデンの父子は現実主義者だったのである。彼らは完璧な動作は期待せず、ともかく基本的な計算ができればよいと考えた。そのためにオリジナルとは異なる機構の採用にも躊躇しなかった。その結果、バベッジが要求したような高精度は、必ずしも必要なかったことが示されたのである。
 もうひとついえばバベッジは数学者で、シュウツは技術者だった。数学者の理想主義より技術者の現場主義の成功をおさめることが多いのは、技術史の教訓である。

サイエンスとエンジニアリングとの違いがここで強く意識させられる。