- 作者: 野村総一郎
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2008/04/23
- メディア: 単行本
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いつも行っている図書館でメンタルヘルス特集をやって、そこに『こころの科学』のバックナンバーが1冊出ていた。読んでみると野村総一郎先生の連載記事があり、抗うつ薬に関して「モノアミンの袋小路」がどうしたとか書いてあった。面白いと思ったのでこの連載はぜひ一冊にまとめて出版して欲しいと思った。
それが去年の4月付で出ていたのを書店で知った。さっそく購入した。
進化生物学としての憂鬱の意味や、古典の中に見られるうつ病など、色々うつ病について書かれている。http://d.hatena.ne.jp/spanglemaker/20090212/p1にて「うつ病研究の最新の知見をもっと詳しく、分かりやすく説明したものがあればぜひ読みたいと思った」と書いた問題意識からすると、18章の「細胞のストレス反応とうつ病の正体」がことさら読み応えがあった。
うつ病の研究の最先端では、おおむね以下のような方向に向かっているという(P.251-252)。
それは「うつ病は尽きるところ、脳のある部分の細胞がストレスに弱いということではないか」という方向である。
もう少し具体的には、以下のように書かれている(P.255)。
実はこのアロスタティック負荷が脳に生じたのがうつ病ではないか、という見方がある(図18-1)。確かにうつ病はいろいろな点で無理をしている。最初は「これはいけない。何とかしよう」と頑張ったが、その頑張り状態が長引いて背負いきれなくなり、脳に負担がかかった結果うつ病になる、という解釈は何となく納得できそうである。このような考え方の根拠となっているのは、うつ病者では副腎からのコルチゾール分泌が高止まりしている、という事実である。
- アロスタティック負荷:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9_(%E7%94%9F%E4%BD%93)
- コルチゾール:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%81%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%AB
「アロスタティック負荷」が脳にどう生じるかというと(P.258);
そして、アロスタティック負荷はどうも、この海馬の細胞新生を抑えてしまうようなのである。
結果として海馬の萎縮が起きるという(P.259)。
また、脳に由来する神経栄養因子、BDNFについて説明し、うつ病ではBDNFの低下も見られるとしている。
この章のまとめとして以下のように書かれている(P.260)。
このような結果を総合すると、「うつ病・アロスタティック負荷・海馬細胞の萎縮・BDNF低下」というのは、四題話のような感じになってくる。もちろん、BDNFがなぜ低下しているのか、それがアロスタティック負荷の結果なのか、あるいは原因の一つなのか、まったく偶発的な別要素なのか、真実はわからない。ただ、このような先端的な脳細胞科学の結果からは、脳内の神経細胞成長促進因子を増やして、細胞がストレスにより破壊されることを防ぎ、あるいは細胞を活性化させることによりストレスをはねつけるのがうつ病の真の治療である、というふうに思えてくる。これまで抗うつ薬はセロトニンを増やすことにより働く、と思われてきたが、セロトニンに揺さぶりをかけて、結局は細胞を増やすことにより働いているのかもしれないのだ。
ただし、「コトはそれほど単純ではない面もある」(P.260)として、「ドパミン神経が集中している側坐核のような違う脳部位では、BDNFによりかえってうつ病状態にしてしまうという所見もある」「「ある物質が増えた」「減った」という発想でうつ病を考えるやり方ではいけないということであろう」(P.260)と書いてある。
単純にセロトニンが欠乏するからうつ病になる、というのではないことが分かってきている。そして、うつ病の実相は決して単純ではなく、まだ未知の領域が多いようである。分かるのは、うつ病が「心の病気」というより「脳の病気」というイメージがはっきりしてきていること。新しい知見からは、治療法が今後進歩していく可能性が期待される。
なお、図書館にこの本がなかったので購入したわけだが、先日書架を覗くと、ピカピカの目新しい状態でこの本が置かれていた。何という間の悪さ(笑)。