- 作者: 生田哲
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2005/11/18
- メディア: 新書
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医療によるうつ病治療を否定
うつ病は「「病気」ではない」(P.50)。気分が落ち込んだぐらいのことを薬で解決しようなど間違っている! という本。
57ページ;
莫大な種類の処方薬、大衆薬、違法・脱法ドラッグが、多くの人々の広範にわたる心の苦しみをやわらげるのに役立っているかのように見える。しかし、薬による助けは一時的なものであり、これらの薬は、最終的に、幸いよりもむしろ災いをもたらすことが多い。これらの薬を服用した人は人工的な陶酔感にひたり、その心はマヒするから、悲しみも喜びも半減されて生きることになる。それが本当の意味で生きていることになるのだろうか?
表題の「最善の方法」とはサプリメントと有酸素運動なのだそうで。
本書のひどいところは、まず、著者がうつ病も抗うつ薬もどちらも正しく理解できていないところ。
SSRIのことを「錠剤を口に含むだけで快感が手に入る」などと書いている(92ページ)。抗うつ薬は効果が現れるのに2週間程度かかるという常識からして理解していない。
そしてさらに、SSRIを服用して凶悪事件を起こした人がいる→副作用が危険、という粗雑な理論でSSRIを危険な薬物だと主張している。
また、SSRIは脳を興奮させ、快感をもたらす物質で、作用機序が覚醒剤やコカインと似ているという。
快感にかかわる神経にある作用をもたらす、という意味では似ていると言えるが、服用し続けて効果が出るのに2週間もかかるものはとても違法ドラッグの代わりにはならない。
また、著者の言うようにSSRが即座に快感をもたらし、「うつ」を消し去ってくれるなら、それはかなり立派な「効果」がある薬とも言える。処方量を医師がコントロールすればうつ病治療が画期的に改善されるかもしれない。
もちろんSSRIはそんな薬ではない。著者の言うSSRIの性質は、むしろリタリンとかいう薬の方が近いだろう。そしてこの薬は、近年うつ病への処方が禁止された。
本書によると、SSRIは上記のような強烈な精神への影響があるにもかかわらず、「うつ」を治す効果はほとんどないという。ここで薬学博士らしく文献に色々当たって、最初のSSRI、プロザックの臨床試験→認証に至る経緯の問題点を指摘している。
ただし、ここでも著者の結論のつけ方は粗雑で、<臨床試験は製薬会社のお手盛りのもので、認証も会社と役所の馴れ合いの結果なのだから、SSRIは効果がないに違いない>というもの。
84-85ページ;
これらを総合すると、砂糖錠は抗うつ薬と同じくらい効果があるばかりでなく、抗うつ薬を飲むよりはるかにすぐれているという結論に達する。まず第一に、プロザックと異なり、砂糖錠には命にかかわる精神異常や攻撃性といった、危険な副作用がない。
第二にこれらの治験は、薬を販売して利益を上げようとする会社によって研究者に資金が支払われ、設計され、評価までされたものなのである。それでもなお、製薬会社は、抗うつ薬は砂糖錠よりほんのわずかすぐれているという程度にしか、事実をねじ曲げることができないでいる。
以上のことから、砂糖錠は抗うつ薬よりはるかにすぐれているのである。
二重盲検法の信憑性も著者は疑っている。担当医師は被験者の副作用の有無で自分が出したのが本物か偽薬か見当をつけられるからだという。
しかし、「偽薬だから副作用がない」、というのは実は正しくなく、加藤忠史:『うつ病の脳科学』(ISBN:9784344981430)の66ページによると、被験者に副作用の説明をすると、偽薬でも副作用が出ることがあるという。
薬の副作用も科学的に検証しようとすればそれなりの手順が要る。「殺人事件の犯人がSSRIを服用していた」ぐらいのことではSSRIを即危険だと断定できない。
もっとも、SSRIの投与による自殺のリスクの増加については、本書の出された後ぐらいに添付文書の改定で記述されるようになった。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/series/drug/update/200604/500857.html
著者は100ページでSSRIが脳内のセロトニンを増やさないと言う。『うつ病の脳科学』では動物実験によると抗うつ薬の注射後1時間でセロトニンが増えているという。後者の「抗うつ薬」はSSRIじゃないかもしれないが。
また、著者が98ページで言う「セロトニン神経のサポタージュ」は、『うつ病の脳科学』にはまったく書かれていない。
いずれが正しいかは私にはにわかには判断できないが、過剰なストレスが原因とされるうつ病に関しては、ストレスによって脳の神経細胞が損傷を受けて生じる、「脳の病気」であることは、医療の世界では常識となっているようだ。また、セロトニンの増加は直接「うつ」を改善するのではなく、神経細胞の再生に何らかの形でかかわっている可能性があるという。本書は2005年の出版だから情報が古いのは仕方ないが、それでも、「脳の病気」という認識がまったくないのは問題だ。
なんだかんだで、本書の前半では、医療によるうつ病治療を、効果がなく副作用が危険なSSRIを、利点だけ強調して欠点を隠して売り込みかつ医師に便宜を図って儲ける製薬会社、そして製薬会社と結託して患者を薬漬けにする医師、という不正な収益構造があると強調し、否定しまくっている。
要するに現代医療の主流を否定して、著者が望む代替医療に読者を誘導しようとしている。まあ、本書に出てくるサプリメントは危険とは思えないし、有酸素運動はうつが軽くなってきた人に勧めるのはむしろ間違いではないことではあるが。
しかし、重度の「うつ」の人から医者の支援と薬を取り上げるのは感心できないし、そのような人は有酸素運動もできない。
なお、本書の11ページには免責事項が書かれており、医者の言うこと聞かずに勝手にこの本に従っちゃだめよ。責任とれないよ。と書かれている。そんな逃げを打つならその前に内容をもっと公正なものしなさいと。
製薬会社のプロモーションが「うつ病」の人を増やし(他にパニック障害などにも処方される)、莫大な利益を上げたという事実は否定できないが、これについては冨高辰一郎:『なぜうつ病の人が増えたのか』(http://d.hatena.ne.jp/spanglemaker/20100912/p1)を読んだほうがずっとまともな情報が得られると思う。
サプリメントや有酸素運動などを薦めているのだが…
医療を強引に否定するところも色々問題があるが、笑えるのは本書が論理的に破綻しているところ。曰く;
薬が効かないならサプリも有酸素運動も効かないことになっちゃうよ。
結局セロトニン仮説肯定するのかよw
セロトニンとうつ病の関係はいつ分かったのか
「セロトニン仮説」の成立について、本書はいささか通説と違うことが書いてある。93ページ以降によるストーリーはこう。
- 1950年、セロトニン発見
- うつ病で自殺した人を調べたら脳脊髄液からセロトニンの欠乏が推測された
- リリー社が「脳内のセロトニンのはたらきを高める薬を作る」と目標設定
- 1957年、イミプラミンがうつ病に効果があるのが分かる
- イミプラミンがセロトニンの再取り込みを阻害してセロトニンを増やす効果があると分かる
- イミプラミンは抗コリン作用があり副作用が強い
- 1974年、リリー社が「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」の開発に成功。後にプロザックとして承認。SSRI誕生
イミプラミンの作用機序を調べる前から、製薬会社はセロトニンに的を絞っていたということになる。
しかし、私が見た他のどの情報も、セロトニンとうつ病の関係が分かるのはイミプラミン発見の後のように読み取れる。
- クロルプロマジンの統合失調症への効果が発見される
- 構造が似たイミプラミンが作られる
- 様々な精神病患者に投与したところ、うつ病に効果があることが分かる
- 作用機序を調べたところ、セロトニン再取り込みを阻害するらしい
- セロトニン仮説誕生
こんな流れ。これは例えば以下に書かれている。
http://www.chunichi.co.jp/shizuoka/hold/mental/CK2007032302103636.html
ツッコミとかする気はないが、ユニークだと思ったので紹介してみた。