空と宇宙展〜隼とはやぶさ〜

国立科学博物館の企画展、「空と宇宙展 飛べ!100年の夢」を見に行ってきた。

http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/ueno/special/2010/sora-uchu/index.html

あの「はやぶさ」の実物大模型が展示されているので相当の混雑を覚悟して防寒も暇つぶしも万全の装備で行ったが、まったく並ばずに入場できた。それでも場内はそこそこ人がいて展示は好評なようだった。

日野熊蔵大尉と徳川好敏大尉が代々木練兵場で日本最初の動力飛行を行ってから100年。日本の航空開発、そして宇宙開発を、ひとつのスペースで一気に見せる展示だった。

航空機の開発というと軍事・防衛との結びつきはどうしても切り離すのが難しい。この展示ではそこは特に否定することなく、戦前・戦中の軍用機開発に関する貴重な資料が大量に展示されていた。戦後も民間機だけでなく軍用機の展示もあった。

宇宙開発はさすがに民間の展示だけだった。情報収集衛星とか公開できないし技術的にも世界の先端を行っているわけでもなかろうししかたない(とはいえ偵察衛星は独自に持つべき。なぜ必要かは江畑謙介:『強い軍隊、弱い軍隊』など参照されたい)。MD関係もあと何十年かしないと資料の公開はムリだろう。

展示はフラッシュをたかなければ撮影可能だった。

入り口にいきなりボーイング787のタイヤ。ブリヂストン製。

立川飛行機の「隼」三型の図面。今回図面や計算書などの本物が見られて感動した。

同じく立川飛行機のキ94試作高高度戦闘機の図面と生写真。

群馬の富士重工で発見された、中島飛行機の約1万枚の図面の一部。手前に貼ってあるのは日経新聞の記事。「銀河」、「月光」などの図面とのこと。左下は「J1N1」とある。「月光」の原型の、十三試双発陸上戦闘機の段階の図面かもしれない。

はやぶさ」のご先祖、キ43一式戦闘機「隼」の模型。糸川英夫博士が中島飛行機の社員だったときに設計にかかわっている。

ネ20ジェットエンジンの図面や資料の本物。エンジン本体は昔科学博物館の展示物だったので見たことがあるが、これらは多分初公開。きわめて貴重。

惑星探査機「はやぶさ」の実物大模型。宇宙開発の指導者で「隼」の生みの親の一人でもある「イトカワ」へサンプルリターンの旅という、これだけでもロマンにあふれているが、そのドラマチックな旅はあまりに有名でここで多くを語ることもないだろう。

話の流れとしては、小惑星に着陸してサンプルを持ち帰るという任務が、獲物をさらってゆくハヤブサを連想させるところから探査機の名前が決まったという。そして、探査機打ち上げ後に、目標の小惑星を「イトカワ」と命名した。「はやぶさ」の目的地にこれ以上ふさわしい名前はないだろう。

科学博物館が所蔵する陸軍機の彩色写真。「戦前、科学博物館に陸軍の航空室があった」とのこと。さすがに建物が飛行機の形をしているだけのことはある。写真は「陸軍の航空室」に由来する。実物を見ると「彩色した写真」というより「写真を下書きにした絵画」。

東大航空研究所のコーナー。航研機の設計資料。

A26の模型と気化器と設計資料。

研三の模型と設計資料。

キ44二式単座戦闘機「鍾馗」の風洞模型。この飛行機の空力設計は糸川英夫博士の担当。水平尾翼垂直尾翼の位置が食い違っているところや、「蝶型」ファウラーフラップは糸川氏の発案。

蝶型フラップは「隼」にも採用された。これを空戦フラップとして利用すると十分な旋回性能を発揮できるとわかり、試作したものの採用が延び延びになっていた「隼」はそれでようやく制式採用に至った。

階段の方に展示されていた模型飛行機の展示。世界最初のゴム動力模型飛行機の復元機。

模型飛行機は、「空気より重い機械が空を飛べる」ということを立証したという点で、飛行機の歴史上重要だとのこと。

飛行機に関する絵画や模型などの展示もあった。これは佐竹政夫画伯のイラストの原画。こんな展示まで見られるとは素晴らしい。

はやぶさ」といっても模型を見てそんなに興奮しないだろうとあまり期待しないで行ったが、戦前・戦中の貴重な資料や、実物大の宇宙機の模型などの展示が見られて、とても面白かった。終わる前に見に行けてよかった。