うつ病の常識はほんとうか

うつ病の常識はほんとうか

うつ病の常識はほんとうか

『なぜうつ病の人が増えたのか』でSSRI現象を指摘した冨高辰一郎氏の本。

巷間言われている「うつ」にまつわる話のうち、以下の5つのテーマについて独自の見解が書かれている。

  1. なぜ自殺者は3万人を超えているのか?
  2. ストレスは増えているのか?
  3. どんな性格の人がうつ病になりやすいのか?
  4. うつ病の診断基準とは
  5. 抗うつ薬の適正量とは?

中でも一番目を引くのが自殺の話。

日本人の年間自殺者は1998年以降年間3万人を超え、大きい問題となっている。

なぜ自殺者がかくも増えたのか、不景気のせいなのか、政治が悪いのか、労働環境が悪いのか、色々原因が推測されているが、本書の冨高氏の見解は非常に明確でドライなものだ。

要点を言えば日本人の年代別の人口構成比が変わり、自殺者の中心的な年代である中高年の人口が増えたこと、それから、バブル終焉からだいぶたち景気がよくないことが実感されるようになったことの2つの条件が重なったことによる。

自殺のリスクは年齢によって大きく違うのに、少子化団塊の世代の高齢化を考慮しないで、自殺者の絶対数だけ云々してもしょうがないというのは確かにそう。

本書の図表1-1では、絶対数でみれば確かに日本人の自殺者数が戦後ずっと増えてきているように見える。

ところが、これを人口10万人あたりの自殺者数に変え、さらに人口構造によって標準化すると、本書の図表1-3Bになる。

図を転載するわけにはいかないので、図の特徴を思いっきり抽象化してリライトしたものが下図。

「標準化自殺者数」で見ると、不景気の時の自殺者数はじつは戦後大きい変動というのはない。また、景気がいいときは明確に自殺者数が減る。

1998年からの自殺者数の増加は、バブル景気から平成不況に移行し、それまで低かった自殺率が日本人固有の値というべきものに戻ってしまい、さらに中高年の人口増加が重なって、絶対数として人数が増えてしまった、というふうに解釈できる。

驚いたのは、不景気のときに自殺率が一定の値より悪くならないということ。景気がいいと自殺率が減るのは理解できるが、不景気のときにも人はそうそう死を選んだりしないらしい。

冨高氏の見解によると、自殺者数の増加に「社会が悪い」とか「政治が悪い」とかいう解釈は特に入る余地がないことになる。確かにある種の常識が覆された気がする。

氏はさらに、自殺を安易に社会のせいにすると、世の中に悲観して人を自殺に押しやる恐れがあるとして、分析は科学的であるべきだとしている。

さらに言って、上の図では不景気のときの自殺率を水平に描いているが、実際のグラフではこの線がわずかに右下がりの傾向を示している。冨高氏によると、これは日本人の中に自殺はいけないという意識が浸透してきているからではないか、とのこと。

ちなみに、人口あたりの自殺者数は国ごとに違いがあり、イスラム圏とカトリックの国は比較的低い傾向にある。どちらも宗教が自殺を禁じていることが大きいとしている。

私も以前職場にムスリムがいたから、教義で自殺が禁忌であることを直に聞いた。イスラム過激派による自爆テロというのは、自殺を禁じたイスラム教の中できわめて異常な行為であり、あれをもってムスリム全般を悪く言うのは間違っている。

歴史の中で、カトリックが自殺者をいかに酷く扱ってきたかは本書に書かれていて、これは確かに自殺者は減るなあと思った。

2012年に日本人の自殺者数が3万人を割り込んだというのを聞いた。10年にわたる政府の自殺対策が功を奏したのかもしれないが、団塊の世代が退職してストレスが減ったからだという身も蓋もない解釈もある。この本を読んでいるとこの説に一番説得力を感じる。あとは、東日本大震災による一種の非常事態が、人の自殺衝動をある程度押さえ込んだのではないかという解釈もある。これについては今後の検証を待ちたい。

あと本書でなるほどと思ったのは、うつ病になりやすい「病前性格」というのが、日本とドイツぐらいしかまともにとりあっていないということ。こういう性格だからうつ病になった/なる心配はない、ということは安易には言えないらしい。