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プラスティック・メモリーズ-Heartfelt Thanks-

書評

2015年の春アニメ、『プラスティック・メモリーズ』のメディアミックス展開のうち小説版。電撃文庫からのライトノベル

著者は原作者の林直孝氏本人。アニメはインパクトは強いけどいくつかツッコミどころがあるため、原作者の小説はそのあたりがどう変わるのか/変わらないのか、また、どう考えても多忙な氏がはたして小説を書き上げることができるのか。そういったことが頭に浮かんで、出版を待ち望んでいた。

小説ができるのはしばらく伸びそうだ、という話が聞こえてきた後にゲーム化の発表。ゲームライターの原作者がゲームの仕事始めたら小説はこれは無理か、とあきらめかけたところに2016年9月10日発売の朗報。うれしい誤算。

とはいえ、紙資源を大切にしたい、というより家に本がありすぎて困っているので電子書籍の10月の販売を待って読み始めた。この小説はアニメを見ていることが前提。アニメのノベライズではなく、複数のアニメの登場人物が一人称で語るショートストーリーの集まり。

作者がプロのライターのため小説はいたって読みやすい。しかし、中身は決して薄くはない。

アニメはラブコメというコンセプトで作られている。SF要素を抑え込んで、「ラブコメ」という方向性をかなり固く守って13話で完結させた感じ。それだけにヒロインのアイラの魅力が全開になっていて、シンプルなストーリーはとても強い印象を残した。

一方、祐佑氏による漫画版はもう一人のヒロイン、絹島ミチルを主人公にしたサイドストーリー。ここからうかがえるのは、制作陣はアニメのストーリーをなぞったような別メディアの作品を出すことはちょっとなさそう、ということ。

小説もその通りで、アニメがラブコメなら小説はSF。

テーマとするのは「記憶」。だから、「プラスティック・メモリーズ」(人工物の記憶)というタイトルにきわめて忠実と言える。

アニメではヤスタカのセリフでさらっと、「ギフティアは忘れるという機能がない」と語られていたが、実はこれがかなり重要な設定だった。

アニメではむしろ、人間とギフティアの違いを寿命以外あまり意識させないような配慮がなされていた。人間の名前が全員カタカナ表記なのもギフティアと統一感を出すためだろう。

小説は、ギフティアが誕生してから回収されるまでに体験したすべての記憶が、忘れられることなく、いつでも思い出すことができる、という設定が強調されている。ここが人間と決定的に違う。このため、寿命の他、内面もけっこうはっきりと、人間と違う存在として描かれている。

人間と同じような存在なのに、寿命が81920時間しかないとはなんという設定だろう。アニメではそう素朴に思う視聴者も少なくなかったかと思う。

しかし、9年4か月あまりの時間の記憶を一切忘れることができないとしたらどうか。もしかしたら、人間としてその10倍の期間を生きるより、一生を長く感じるかもしれない。

この、忘れるということができない心を持った存在が、つらい記憶により心に傷を負ってしまった場合に、どうやったら立ち直ることができるのか。

短編集の過半はこれについて書かれている。心無いオーナーに充電装置ごと山に捨てられたギフティア、人間といつわって芸能活動をしていたがギフティアとばれてスキャンダルになったギフティア(なお、作品世界ではギフティアが芸能活動することは普通)、そして親友のチェルシーとつらい別れをしたアイラちゃん。

つらい記憶がなかなか忘れられないというのは人間も同じだから、消えない心の傷をどう癒すのかということは、普遍性のあるテーマとも言える。

アニメでここを追及すると軸がぶれてしまうので、あの方針は正解だと思う。そして小説は、文字で読むメディアの特性を活かしてギフティアの内面を描き、記憶に関する人間との異質性を示しているのが面白いと思った。

また、アニメで省略されていてわかりにくかった部分のいくつかがこの小説で明らかになる。そいう意味でも、アニメを見た人に読んでもらうことを意識して書かれた作品。

現在はゲームを少しずつ進めているところ(脚本はもちろん林氏)。こちらはアニメのストーリーをまずやって、途中から選択肢によりいろいろなルートに分岐するらしい。今9話のところまで行ってる。今のところ艦これ改と同時進行ではあるが、全ルートを潰すのは無理としても、何度かエンディングを見るまででやってみたい。

プラスティック・メモリーズ - PS Vita

プラスティック・メモリーズ - PS Vita