ネイションとステイト

卒業式の季節になってまた話題の愛国心教育

これは、国家をネイションとステイトに分けて考えると理解し易い。

愛国心教育」を簡潔に説明すれば以下のようなものだろう。

ネイションの一員として、ネイションに対してどのように振る舞うのが正しいのかを指導すること。

具体的には、例えば卒業式で、国旗・国歌という国の象徴に対してどのような態度をとるべきかが指導される。起立・斉唱。

その意義として、国旗・国歌に対する礼儀作法がよく挙げられるが、心理的な面に立ち入るならば、国籍、というアイデンティティにどう向き合うか、ということでもある。

愛国心とは、国籍のアイデンティティに対して誇りを持つこと。

それが児童の健全な自己愛の形成に役立つのであれば、あえて否定する必要はないだろう。

これは決して、ステイトに忠実な人間を作ることとは等しくない。

むしろ、国民がネイションの一員としての意識と誇りが強い程、ステイトが間違ったことをしようとすれば熱烈に反発するはずだ。

私の見たところ、現在の「愛国心教育」は政府の無謬性を信じ込ませたり、政府への忠誠を美化したり、政府に対する批判を封じ込めたりするようなものとは到底思えない。卒業式の国旗・国歌の指導などせいぜい礼儀作法レベルのものだ。

ネイションとステイトが分離できていない「愛国心教育」批判は批判足り得ていないと私は思う。この分離ができていて、しかもしっかりとした根拠を示しながら、「このたびの愛国心教育はステイトに忠誠を誓わせるけしからんものだ」という批判をするのであれば耳を傾ける準備はある。残念ながらそういうのはまだ見たことがない。