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世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事

食事と病気の関係は様々な研究があり、エビデンスとできる論文も多くある。

しかしそれは、本当に個々の食事と個々の病気についての限られた情報で、しかも確認できる関係は相関であり、因果関係にまで行き着く例は稀。まずこの学術論文の現実を把握すべき。

そして本書。「科学的に証明された究極の食事」とあるが、それは単に食品を体にいい〜悪いのグラデーションで5グループに分け、体にいいグループの食事は腹いっぱい食べればいいというもの。そんなわけあるかw

この本のキモである表1-1の内容はこれ。

グループ 説明 食品の例
グループ1 健康に良いということが複数の信頼できる研究で報告されている食品 ①魚、②野菜と果物、③茶色い炭水化物、④オリーブオイル、⑤ナッツ類
グループ2 ひょっとしたら健康に良いかもしれない食品。少数の研究で健康に良い可能性が示唆されている。 ダークチョコレート、コーヒー、納豆、ヨーグルト、酢、豆乳お茶
グループ3 健康へのメリットもデメリットも報告されていない食品。 その他多くの食品
グループ4 ひょっとしたら健康に悪いかもしれない食品。少数の研究で健康に悪い可能性が示唆されている。 マヨネーズ、マーガリン(トランス脂肪酸を含むものはグループ5)
グループ5 健康に悪いということが複数の信頼できる研究で報告されている食品。 ①赤い肉(牛肉や豚肉のこと。鶏肉は含まない)と加工肉(ハムやソーセージなど)、②白い炭水化物(じゃがいもを含む)、③バターなどの飽和脂肪酸

説明の列を読んで分かるように、エビデンスがあるのはそれぞれの食品であり、この表ではない。グループ1から5の階層分けは著者の主観に過ぎない。

しかも、グループ5の「健康に悪いということが複数の信頼できる研究で報告されている食品。」には嘘がある。バターについて33ページに「バターの摂取量と病気のリスクとの関係に関するエビデンスはそれほど強くない」と書いてある。「新しいエビデンスが出てくるまではできるだけ摂取しない方が良いと著者は考えている」ともある。エビデンスがないのにイメージだけでバターを悪者にしているのだ。

アメリカ在住の医師がその権威で表1-1を信じさせようとしているが、騙されてはいけない。こんなものは昔から言われている通説をそれっぽく整理しただけで、表そのものには何のエビデンスもない

論文で健康に良いといされる食品も、それは研究の範囲内の話。食品と健康の関係は人によって異なり、誰にでも無条件で健康に良い食事はあり得ない。また、たとえ健康に良いものでも食べ過ぎれば害になる。つまり本書に下記のようにあるのは明確に誤り(23ページ)。

 では何と何を置き換えれば良いのだろうか。答えはシンプルである。健康に悪い食品を健康に良い食品と置き換えればよいのだ。つまり赤い肉や白い炭水化物を減らし、その一方で、前述の5つの食べ物をお腹一杯になるまで食べれば良い。

「前述の5つ」とはグループ1の①〜⑤。繰り返すが、過ぎたるは及ばざるが如し。特に代謝が落ちた中高年は腹いっぱい食べるのは慎むべきで、満足度の高い食事を腹八分目にいただくのが推奨される。グループ1を腹いっぱいになるまで食べるということはかえって健康を害する。

本書では定量的な話がないが、カロリー計算をして消費カロリーと釣り合うようにバランスよく食べるのがよく、また、その日その日でバランスを極める必要はなく、一週間ぐらいの期間でバランスがとれるようにすればいい。昨日は食べすぎたから今日は減らそう、とかでよい。

人に健康をもたらすものは確かにシンプルだが、それは食事だけではない。高橋久仁子氏は『「健康食品」ウソ・ホント』の終章「ふつうに」食べましょうで「健康の維持増進の3要素は<略>「栄養」「運動」「休養」です」と書いている。食事は1要素似すぎず、食事の健康への影響を過大評価すべきではない。

食事の健康への影響を過大評価し、特定の食べ物を過剰に摂取したり、逆に過剰に忌避したりする考えをフードファディズムという。

髙橋久仁子:『「食べもの神話」の落とし穴』(講談社ブルーバックス)から、フードファディズムの3つのタイプのうち3番目を下記に示す(16-17ページ)。

③食品に対する不安の扇動:食生活を全体としてとらえることなく、特定の食品を体に悪いと決めつけ、非難攻撃し排斥する一方で、ある食品を体によいとして推奨したり万能薬視したりすることです。「自然」「植物性」はよく、「人工」「動物性」は悪い、とする傾向がみられます。
 なお、このタイプは「普及品は危険だらけ。安全なこちらの製品を」と、消費者の不安をあおる商法によく利用されます。消費者の不安をあおったり、便乗する商法という意味で「不安扇動ビジネス」あるいは「不安便乗ビジネス」と私は呼ぶことにしています。

この本は20年も前に指摘されたフードファディズムの特徴に見事に合致する。だから信じてはいけない。表1-1はフードファディズムの見本であり、食品に誰にでも当てはまる健康への影響ランクなど存在しない。こんな空虚な情報で食事に過剰に意味づけするのはやめていただきたい。ここに科学的なエビデンスの有無は関係ない。研究成果の位置づけを適切に認識すれば、強い表現は不可能だからだ。

人の幸せを願うのに呪いの言葉は必要だろうか? いいや、必要ない(反語)。

本を読んで読者に健康になってほしいなら、呪いの言葉を吐く必要はない。<白米は少量でも体に悪い、エビデンスがある>こういうたぐいの言葉だ。不安につけ込んで空虚な情報を植え付けようとしないこと。

フードファディズムといえば、東日本大震災の後に福島県の農産物が忌避された。しかし、放射能の検査は厳密に行われており、市場に問題のある食品は出なかった。しかし福島県産の食品は科学的な根拠のない風説により値段が落ちる等の被害を受けた。これは風評被害であり、風評が情報であるから、「情報災害」という言い方もできる。

そして、風評被害とは風評を流す者がいることで起きる人災だ。林智裕氏はこれを「風評加害」と呼んだ。情報災害の策源地をずばりと示す鋭い表現だ。

要するにフードファディズムは情報災害の一種だ。風評加害があってはならない。

食事は安心できる環境で、美味しく味わうべきだ。その上で量やバランスに気をつければいい。◯◯は健康に悪い、などという過剰な情報は不要である。

人は食べ物と一緒に、情報も食べる生き物だ。食事の栄養や健康への影響に気をつけるのであれば、それに付随する情報の質も気をつけよう。

なお、科学的なエビデンスに基づく推奨される食事は、国の研究機関も提示している。フードファディズムの見本である本書との表現の違いを確認していただければと思う。

www.nibiohn.go.jp

本書おすすめの地中海料理については下記により詳しい情報がある。

www.nikkei.com

出版後すぐに出た下記書評でエビデンスがチェリーピッキングされているのが分かる。(このブログと違って)言葉は穏やかだが本書が科学に基づいていないことを指摘している。

minato.sip21c.org