軍事のイロハ

軍事のイロハ

軍事のイロハ

標題のとおり軍事の基礎を平易に解説する本.副題に「バカな戦争をさせない88の原則」とあるように,戦争を理解することが平和を実現する道だというスタンスに立つ.健康を得るためには病気を理解すべしという医学と同様の合理性を感じる.

その「88の原則」というのが歯に絹を着せぬもので心地よい.例えば;

75 平和運動反戦運動は、戦争防止に効果がありますか?
いいえ。平和運動は戦争の発生を促しかねない危険な政治運動です。
83 文明の対立による戦争が、これからの主流になるのですか?
文明の対立による戦争など過去になく、これからもないでしょう。
86 どのような国が戦争になりやすいのですか?
隣国同士です。
87 戦争を起こさないためには、どうしたらよいですか?
先制攻撃をさせないことです。

詳しくは本書をご覧願いたい.

しかし最後のはドキっとする.

88 今後、大きな戦争が起きるとすればどこですか
起きるとすれば、極東でしょう。

本書は明らかに平和主義の立場をとっている.すなわち先制攻撃を,ロカルノ条約,ケロッグ=ブリアン条約(パリ不戦条約)と啓蒙主義にもとるものとしている.そして,先制攻撃をしない(するハメにならない),させない方策を思索している.

ただし,こうも言っている(P.263,丸文字は( )に変更).

 では、先制攻撃が是認されるべき状態とはあるのでしょうか。
 それは次の三つの場合でしょう。
 (1)講和条約違反
 (2)テロへの反撃
 (3)人道介入
 このうち(3)の人道介入は、コソボ紛争についてヨーロッパ諸国が介入するにあたり、独仏両国が唱えたものです。人道介入とは、極端な虐殺事件が発生した場合、有為の諸国が先制攻撃してもよい(すべきだ)というものです。
 フセインイラクはこの三つともに該当している印象はありますが、隣国北朝鮮もあまり変わるところはありません。

これも平和主義を追求したことによるひとつの結論と言わざるを得ないだろう.平和を乱す敵には断固とした態度をとらなければならない.これに関連して,上記の第75項についてもこう書かれている(P.231).

 <略>「軍縮」と「宥和政策」が平和に役立つかといえば、かえって戦争の危険を招くのです。理由は単純で、戦争は自国でなく他国の先制攻撃により引き起こされることがあるからです。「軍縮」と「宥和政策」をやると、他国はその国が弱いとみなして、先制攻撃やテロの誘惑にかられるのです。

日本に関して言えば,憲法が「軍縮」と「宥和政策」という政策を規定してしまっている.そしてこれが韓国による竹島占領や北朝鮮による日本人拉致の背景にあることは否定できない.第一次大戦後の西欧の平和主義はヒトラーの暴走を阻止できなかったのであり,現行憲法の平和主義も日本の平和にはたして寄与してきたのか疑問に思うところ.

憲法第九条の第一項に関しては「パリ不戦条約等を遵守し先制攻撃はしません」ということなので,文明国としての矜持であり,記述を分かりやすくするぐらいしか変えるべきところはないと思うのだが.

もうひとつ,シンプルかつスルドイ左翼批判がある(P.236-237).

「軍隊は平和の敵」とみなす主張の根底にはマルクス主義の考え方があります。
 マルクス主義は国家論をもちません。国家が犯罪や外敵侵略を防止する積極的な役割をみることができず、警察や軍隊は労働者階級を弾圧するための道具とみなします。ところが、実際に政権を奪ったレーニンは、これらマルクスが主張したことを改めて修正し、共産政権防衛のための秘密警察を創設しました。
 ならば、マルクス主義者はいったん政権をとったのちの平和的政権委譲を認めません。このため「敵」の出方によっては暴力を行使するぞ、と標榜するのが一般的です。この戦いを「永久戦争」「永久革命」と呼号するわけです。政権反対者を摘発するために、秘密警察を使い恐怖政治を実行するのです。すなわち、マルクス主義者は憲法九条の戦力保持の禁止を、自らが暴力革命を企てた時の障害除去として利用したいのです。
 これでは国家の政策とはなりませんから、「平和運動」の隠れ蓑を用いて、軍縮と同一視させるのが常套手段です。日本の「平和運動家」の多くはマルクス主義者ですから、最も大胆に武装蜂起を主張したり、第三世界により残りの世界は討伐されるべきだと主張したりするのは当然です。
 また同時に、平和を守るために軍隊がある、平和を守るために小さな戦争が必要だと主張する人間に「戦争狂」というレッテルを貼ることを忘れません。

マルクス主義は国家論をもちません」はつまりこういうことだろう↓.

http://www.janjan.jp/government/0403/0403232322/1.php?action=all&msg_id=400&msg_article=12323#bbs

まぁ早い話,平和を主張するもっともらしいお題目でも,疑ってかからないとニセモノが混じってますよということ.特に「国家が犯罪や外敵侵略を防止する積極的な役割」を否定しているものは怪しい.本当の平和主義者なら以下(P.236)を否定しないだろう.そして,軍事力が戦争の原因だとかいって全廃させようとか言い出す輩は疑ってかからねばなるまい.

 第一に認めなければならないことは、国家とは国民の安全を守るために存在することです。そして、犯罪を防止するために司法があり、外敵と戦うために軍隊が存在します。つまり、司法にしても軍隊にしても平和を維持するためにあるのです。
 国際間の平和の維持とは現状維持であって、現在の国境を守ることを意味します。つまり、新秩序や生存権を得るためではなく、また失われた領土の回復でもなく、国家の統一のためでもありません。
 外交的係争、すなわち外国との争いについて、それを武力で解決することはしないということです。これが守られれば、軍隊や司法の役割について疑問をもつ必要はなく、国境や国家が戦争の原因と考える必要もなくなります。

一方本書は日本の右派を念頭に置いているであろう記述もある(P.266).

 <略>すべての国が共通の基盤に立つことは困難で、また日本がそれに向け努力すること自体が戦争につながりかねません。つまり、日本が中国共産政権打倒を図る必要はありません。平和とは軍事的緊張の中にあるのであって、巧みな外交とそれを支える軍事力がその保証です。

別宮氏は北朝鮮問題についても,経済制裁には慎重な立場にある.

http://www3.kiwi-us.com/~ingle/trees/trees.cgi?tw=&log=&search=&mode=&v=121&e=res&lp=111&st=0

「平和とは軍事的緊張の中にある」という見解は今後東アジアで平和を維持する上で重要な示唆ではないかと思う.

真実は右にも左にもなく,事実に根ざした冷静な思考にあるのだろう.本書は地道にそれを目指したものの一つと思う.

2005.1.29.追記:トラックバックをいただいてるのでそちらからいらした方へ.

イラクでつかまった人」に関しては当ブログでも既出;

id:spanglemaker:20041027#p2.