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国際法と現行憲法の安全保障方針

2022年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻して戦争が始まった。

このブログでは沈黙を続けていたが、あちこちのSNSで「さっさと降伏しろ」だの「悪いのはウクライナ」だのといったプーチン応援団に出くわし、そっちの方であれこれ発言していたのでまとめてブログに書くという気が起きなかった。戦争が始まったばかりでは状況もよく分からず、書いた記事が後で間違っていたなどということも避けたかった。

しかし、今回の戦争ではかなり安心して日本の報道に触れることができたのはいい方の予想外だった。マスメディアはそろって「ロシアの国際法に反する侵略行為」というスタンスをとり、「戦争だからどっちも悪い」というような声はあまり表には出なかった。

それでも、橋下徹のように降伏論を主張する政治家もいて、まだこの戦争にどう向き合ったらいいか迷っている日本人も多いのではないかと思う。

改めて思うのは、日本人の多くに、「日本は戦争をしてはいけない国である」という信念があるということ。これは別にいいのだけど、この信念が強いあまり、「日本だけが戦争をしてはいけない(他の国は戦争をしてもいい)」となってしまっていると話が違ってくる。

他の国、アメリカやロシアは戦争を好きなようにやっていい。だから「攻められる理由があるウクライナが悪い」だとか、「アメリカの戦争は許されてロシアの戦争が許されないのはおかしい」だとかいう声が出てくるのだろう。

昔は自分もそれに近い認識だったが、イラク戦争の時に『軍事研究』誌を読んでいたら野木恵一氏が、日本やアメリカなどパリ不戦条約を締結している国は戦争が禁止されていると書いていて、認識を変えるきっかけになった。

パリ不戦条約の条文の主要な2項は下記の通り。

第1条 締約国は、国際紛争解決のために戦争に訴えることを非難し、かつ、その相互の関係において国家政策の手段として戦争を放棄することを、その各々の人民の名において厳粛に宣言する。
第2条 締約国は、相互間に発生する紛争又は衝突の処理又は解決を、その性質または原因の如何を問わず、平和的手段以外で求めないことを約束する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E6%88%A6%E6%9D%A1%E7%B4%84

国際紛争解決のために」「戦争を放棄する」。どこかで読んだぞ、となる。

この条約も多くの国が締結しているが、より多くの国に適用されるのは国連憲章。国連加盟国は全てがこれを守らなければならない。第1条第1項にはこうある。

  1. 国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。
https://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/

第2条はこう。

  1. この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている。
  2. すべての加盟国は、加盟国の地位から生ずる権利及び利益を加盟国のすべてに保障するために、この憲章に従って負っている義務を誠実に履行しなければならない。
  3. すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決しなければならない。
  4. すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。
  5. すべての加盟国は、国際連合がこの憲章に従ってとるいかなる行動についても国際連合にあらゆる援助を与え、且つ、国際連合の防止行動又は強制行動の対象となっているいかなる国に対しても援助の供与を慎まなければならない。
  6. この機構は、国際連合加盟国でない国が、国際の平和及び安全の維持に必要な限り、これらの原則に従って行動することを確保しなければならない。
  7. この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国に要求するものでもない。但し、この原則は、第7章に基く強制措置の適用を妨げるものではない。
https://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/

今回ロシアが盛大に破った条項がこれら。特にこれ、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」。

じゃあアメリカさんがイラクに攻めたのは何なんだ、というと、「国際連合の目的と両立しない」という条件がここで効いてくる。「戦争は国際法違反」という秩序をどうやって守るかといえば、違法な戦争を始めた国に対して国連が安保理で武力制裁してよいという決議を出し、「国際連合の目的と両立」する合法的な戦争を行う。

戦争は違法であり、これに反して戦争を起こすと国連が安保理決議により合法的に攻撃しますよ、というのが、国連憲章で読み取れる国際法による秩序の保ち方。

もうお判りと思うけれど、パリ不戦条約と国連憲章の表現を流用して日本国憲法の第9条は作られている。9条第1項は国際法を守り戦争をしません、という意味であり、同じ制約は国連加盟国すべてに課せられている。

したがって、今回のロシアの行為は、いわば強盗が民家に押し入るような行為。つまり犯罪行為

「戦争だから両方悪い」、「俺は中立だからロシアにもウクライナにもつかない」という日本人にとってかっこよく見える態度は、この戦争ではふさわしくない。犯罪者と被害者の間で中立に立つ。犯罪者と被害者の声を平等に尊重する。そういう態度は中立ではなく、犯罪者の味方となる。

法の秩序を重視するのであれば、ウクライナが負けないよう支援するのが正しく、中立を表明することは犯罪に加担することと同じ

そして日本国憲法に戻ると、この憲法は他国が攻めてきたときに「無抵抗で降伏する」などということは認めていない。

まず前文。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=321CONSTITUTION

「平和を愛する諸国民」というのは、これ単独では「何言ってるんだこのお人よしが」となるが、国連憲章日本国憲法が1947年で国連憲章は1945年)とセットで読めば、前述のとおり、国際法にのっとって「国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決」する国を意味する。日本を害する国は国連憲章に反したことになるので、国連の安全保障の枠組みによって制裁が科される(それより前はアメリカ軍など進駐軍集団的自衛権により防衛する)。それが戦後再出発する日本の安全保障の基本方針だという意味。

続く「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」、この部分は個人的に大好きなもので、国連憲章との関係を言えば、日本は国連に一方的に助けてもらうだけではなく、日本も相応に寄与しますよ。「名誉ある地位」を目指しますよという内容。戦後すぐは無理だったけど、「経済大国」と呼ばれる身分なら、してもらう一方というのはあり得ないというのが分かる。

国連の枠組みによって目指す理想というのが最後にある、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する」ということ。「日本は平和憲法があるから国際貢献自衛隊を送れません」という態度は憲法の精神にまったく一致しない。逆に自衛隊の海外派遣だとか積極的平和主義だとかかがこれにより正当化される。

前文は条文ではないので拘束力がない。条文の方で改めて安全保障の基本方針が書かれるのが9条。

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=321CONSTITUTION

国連憲章を加盟国が遵守することを求め、日本も国際法を守って国際紛争を戦争や武力による威嚇で解決することは(永久に)行わない。これが第1項。自民党改憲案がこれを改正しないのも、ここでは「国際法を守ります」しか言っていないため。そして、日本だけではなく国連加盟国すべてが「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」ことを求められている。

第2項は、芦田修正により「前項の目的を達するため」が加わり、国際法を破るという目的で軍隊を持つということはしませんよ、という限定的な非武装宣言。続く「国の交戦権は、これを認めない」は、いろいろ話を聞いたところでは「交戦権」じたいがあいまいでよく分からず、この語句は単に「国際法に反するから戦争する権利は元からないよね」という意味ではないかと思う。

国連憲章自衛権を認めているので、憲法で明確に否定していないので、日本も自衛権を持っているというのが公式な見解。「国際法に反して侵略行為を行い得る」という形での武装はできないが、自衛権を保障するための最低限の武装は可能、という認識のもと、防衛省自衛隊が日本の平和を守っている。

憲法には「集団的自衛権は認めません」と書かれていないので、国連憲章により日本も集団的自衛権が認められると思っているが、偉い先生とは認識が一致しないかもしれない。

以上憲法のことを改めて書いたのは、篠田英朗氏の下記記事を読んだため。

agora-web.jp

自分が日本国憲法国際法を継承して作られているという認識に至ったのはこれを読むよりはるかに前だが、この認識で間違いないことを再確認した。記事で憲法国連憲章の関係の深さを知り拙文を書いてみた。そして、著名な憲法学者のとなえる憲法論がいかにおかしな信念を日本人に植え付けているのかを改めて考えた。

軍事研究 2022年 05 月号 [雑誌]

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