民間と軍属があるらしい

関東学院大学経済学部林博史教授の[日本軍慰安婦問題/軍隊と性暴力]を読んでいる。

これは新たな発見。


 他に慰安婦の人数がわかる史料がある。マレー半島スマトラを管轄していた第二五軍(富集団)司令部が一九四二年八月二五日付で作成した「第二十五軍情報記録(第六十八号)自七月十一日 至七月末日」である。この中に、憲兵隊による調査「最近に於ける在留邦人状況の概要」(七月二〇日現在) がある。この在留邦人には朝鮮人と台湾人も含まれている。
 この史料によると軍人軍属を除く在留邦人は七三七名( 男三九六名、女三四一名) 、地域別ではシンガポール二八三名、ジョホール州一二七名、最小がネグリセンビラン州二名、渡来府県別では、朝鮮一九六名、長崎県五九名、台湾四九名など、となっている。そして職業別では、慰安婦一九四名が最も多い。
 この時期、邦人の民間の娼婦はいないと見られるので、この慰安婦従軍慰安婦のことと考えられる。一九四名の渡来府県別がわからないので朝鮮人慰安婦がどれだけいたのかはわからないが、このうちのかなりがそうではないかと推測される。

慰安婦には「民間の娼婦」と「従軍慰安婦」の二種類があるのか!

「民間の娼婦」しかいないと思っていたので驚いた。

どうも林教授によると「従軍慰安婦」というのは文字どおり、軍属の慰安婦らしい。それは日本軍はすごいね。

軍属の慰安婦がいたならその身分を保証する法律なり軍令なりの証拠が残っているはずなのだが、そういうものが存在したという話はない。

では林教授は何を根拠に「従軍慰安婦」の存在を主張するのか。

ここにあった。


4.内務省・外務省

日中全面戦争の開始直後の1937 年 8月外務省は、外務次官名で警視総監・各知事・関東州庁長官宛に「不良分子ノ渡支取締方ニ関スル件」を出した。それまでは中国への渡航に旅券が必要なかったが、今後は渡航者の居住する警察署長の発給する身分証明書を必要とすることになった。これは内地から中国へ送られる「慰安婦」にも適用された。たとえば 1937年12月福岡県知事は内務大臣と外務大臣に対して、海軍の「慰安婦」として上海に渡航する者に身分証明書を発給したことを報告している。

慰安婦」という身分証が発給されたから、彼女らは日本国が身分を保証した慰安婦、すなわち「従軍慰安婦」だということ。

なんだそりゃ。

身分証明書を発給されればみんな「従軍〜」なのか?

さすが朝鮮労働党の御用学者(上記記事は平壌での発言)は発想が違う。

大陸での移動の便をはかるために身分証を発給するとは、「慰安婦」に渡航の自由があることが前提になる。民間人の商行為と考えればあたり前だ。

こんなところでも奴隷的労働に使役されていたというのがありえないと分かる。

それとももっと誰もが納得する確かな根拠が他にあるのだろうか。

さら進んで、「マレー半島の日本軍慰安所」。194人の慰安婦のほとんどが朝鮮人従軍慰安婦という推測がまた大雑把。

在留邦人737人の男女の人数がほぼ同数なのに、196人の朝鮮人だけほとんど女性という推測。他に根拠をつけてもらわないと納得し難い。慰安婦朝鮮人という先入観がこのような推測を生んだのだろう。

「邦人の民間の娼婦はいない」というのも林先生の推測に過ぎない。

これに対し考えるに、737人の在留邦人のうち女性は341人。このうち娼婦でない女性は341-194=147人。戦地とはいえ、147人の民間人の女性が来ることができるぐらいに安全が確保されているのだから、194人の娼婦も強制されなくても来られるだろう。なら普通に日本人の慰安婦(もちろん民間の娼婦)もいたと私は思う。

どちらが正しいかは何か資料が出てくるまで分からないわけだが。

林博史教授のページをもっとよく読めば「従軍慰安婦の強制連行」の決定的な証拠が出てくるのだろうか。まだ全部目を通してないので新しい発見があったらまたここに書きたい。

(執筆は2月6日。整理のためこの日に追加)