コンコルド狂想曲

コンコルド狂想曲 米、欧、ソ 三つどもえの夢の跡 ―超音速旅客機に明日はあるか―

コンコルド狂想曲 米、欧、ソ 三つどもえの夢の跡 ―超音速旅客機に明日はあるか―

1960〜1970年代に世界を騒がせた超音速旅客機(SST)開発の顛末を記した本。

どちらかというと「SST狂想曲」とした方が内容に合っている。コンコルドの話よりアメリカのSSTの話の方が長い。ツポレフTu-144についてもコンコルドと同じぐらいページを使っている。逆に言うと、コンコルドの開発過程はあまり詳しく書いてない。コンコルドの詳細を知りたいと思って読むと物足りなくなると思う。

本のコンセプトや著者の体験談などはそれなりに評価できるが、文章が拙いのとミスが多いのはいただけない。文章は時間的に行ったり来たりして時系列を把握しずらい。また、重複も多い。

ミスは、本筋に関しては特にないが、枝葉の部分でいくつか目につく。

18ページ。

ソ連空軍のベレンコ中尉に世界最速のMiG-25フォックスバット戦闘機を乗り逃げ脱出させたのも、そのアメリカ戦闘機にはない高性能の秘密を手に入れるためだったし、実際、その後アメリカが開発したYF-17、F-14F-15F/A-18などはいずれもMiG-25と同様の2枚尾翼となっている。

まるで1976年のベレンコ中尉の亡命はアメリカが手を引いたかのような書き方。そういう証拠は特にないはずだが。wikipediaによると;

ベレンコの亡命の動機について、ソ連(現ロシア)では、CIAによる徴募説が広く流布している。ベレンコを『共産国の支配から逃げ出した英雄』に仕立て上げることで、ソビエト連邦の支配体制が揺るぎ始めているという事実を世界中に印象付けさせる目的があったとされる。実際、KGBの後継機関である連邦保安庁FSB)の公文書庫にはベレンコに関する資料はなく、このことは、捜査がいまだ継続中であるか、あるいは「スパイ事件」そのものが存在しないことを意味する。

しかし、実際のところは軍の劣悪な生活環境など、待遇の悪さに強い不満を持ったことが原因のようである。ベレンコの亡命事件は防空軍パイロットの待遇改善の契機となった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B3

F-15の双直尾翼がMiG-25の影響と言えなくもないかもしれないが、影響を受けたとしてもその時期はMiG-25が初めて西側の目に触れたとき(1967年、モスクワ・ドモジェドヴォ空港での航空ショー)で、ベレンコ中尉のMiG-25に関してはむしろそれを調査したアメリカはさほどハイテクでないのでがっかりというか安心したというのが実際のところ。機体がチタンかと思えば鋼製だったり電子機器に真空管が使われていたり。

YF-17の初飛行は1974年だし、F/A-18はYF-17をベースとしているのだから双垂直尾翼を引き継がない方がおかしい。

F-14も初飛行は1970年。

19ページ。

日本がアメリカ製の戦闘機よりも優れた要撃戦闘機を自主開発しようとしたとき、アメリカはたちまちこれに政治的圧力を掛けて断念させ、F-16を改造したF-2と呼ばれる妙な戦闘機を日米共同開発という形にして押しつけた。共同開発とは言いながら、実際にこれを使ったのは航空自衛隊だけで、アメリカはこの戦闘機を1機も採用しなかった。F-2がそのオリジナルとなったロッキード(もとジェネラル・ダイナミックス)F-16Cよりも優れているとは判断していなかった証拠でもある。

FSXは支援戦闘機なわけだが…。F-2の共同開発にはアメリカへの技術提供の話はあっても、F-2そのものをアメリカが採用するという話はまったくなかった。

209〜210ページ。

 しかし肝心のXB-70試作機が開発途上でトラブルが続出し、さらにテスト飛行中にチェーサーのリアジェットが接近し過ぎてXB-70に誤って接触、不運にも両方とも火達磨になって墜落するというアクシデントが発生、これがとどめとなってついに開発が中止されてしまった。

XB-70に接触したのは、編隊を組んでいたF-104N。

218ページ。

ジョンソン大統領が、アメリカがマッハ3の超高速軍用機ロッキードA-11、(後にRS-71とよばれ、さらに現在のSR-71と改められた)を開発していることを明らかにしたのが1964年2月24日で、それまでこの高速機は軍事上の秘密にしていたが、実はこれは、すでにケネディ大統領時代に開発がスタートしていた。

SR-71の原型機はA-12。この本では他にもA-12に言及した箇所があるが、ことごとく「A-11」と誤って書かれている。

288ページ。

B-1はF-111と同様に超音速飛行時にピッチダウンの悪い傾向が出ることがわかり、機首近くに小さなカナード(小翼)を取りつけてこの癖を無くした。

B-1の機首にある小さいカナードはSMCS(Structural Mode Control System:構造モード制御装置)のための動翼で、低空飛行時に機体にかかる応力を低減するためのもの。SMCSとは『世界の傑作機 ボーイングB-1ランサー』P.22より;

乱気流による機体姿勢の急激な変化を、各種のセンサーからの入力をコンピューターで処理し、機首の小さなカナード翼と垂直尾翼下端の方向舵で瞬時に対応して機体構造にかかる加速度を軽減し、金属疲労にともなう機体構造の劣化を防止して機体の寿命を延ばそうというもの。

ピッチダウンが問題なら尾翼でトリムをとるか燃料を移動して重心を後退させればいいことで、抵抗の元になるカナードをつけるのは合理的ではないと思う。