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視線がこわい

書評

視線がこわい (集英社新書)

視線がこわい (集英社新書)

概要

『都合のいい「うつ」』を上梓した後、twitter・ブログでの炎上騒ぎを引き起こし、さらに編集者をマジ切れさせてしばらく本が出せなくなっていた上野玲氏。2年ぶりに、大手集英社から新書を出版する運びとなった。

でさっそく読んだ。

感想は一言。「視線がこわい」、「食欲減退」と言われても、素人判断で医者にかかるをのやめるからおかしな症状がでたのでは?

以下読んでいて20箇所ほど付箋をはったのでその中から気になるところをピックアップ。

中立なジャーナリスト?

11ページ。

 仕事は相変わらず少ない。ましてや、私のように中立性を旨とした調査報道に徹したい、という思いで取材して書くようなジャーナリストだと、たまに仕事が入っても原稿料の収入より個人負担の取材費が上回るという、収支が合わないことの繰り返しだった。

「中立性を旨とし」ていると自認していることに驚く。というか笑った。

31ページを見てみよう。

ロボット工学では、将来的に「認知以上」の能力を付加した「判断力」を持つロボットも開発可能とされているが、それが人類にとって寄与する「科学の発展」となるか、あるいは原子爆弾原子力発電のような、人類の存亡を左右する「科学進歩の誤謬」となるかは、わからない。

原子力発電を原爆と同列に置いて「誤謬」として拒絶する態度は、十分に偏向した態度と言えよう。

氏が主体となって発行している「知的な大人のWebマガジン」、『ケサランパサラン』の目次をざっと見ても;

http://kesaranpasaran.net/

こういったラインナップでとても「中立」とは言い難い。

他にtwitterでも、上杉隆氏や広瀬隆氏を絶賛していたり、食品のγ線照射が内部被曝を起こさないという事実をかたくなに認めようとしなかったり(挙句放射線照射は「原発推進派」が云々という記事を書く人を引っ張ってくるという)するなど、上野氏の偏った態度は容易に目にすることができる。

心とはすなわち感情

文化系のいい大学出ているのに、この本で心や精神について語る上野氏は驚くほど語彙や表現力がとぼしい。

たとえば32ページ。

余談ながら、私は猫好きなので家猫を飼っているが、日々、猫を観察していると、「猫には好き嫌いの心があるのではないか」と訝しく思うことがある。

およそ猫好きの人で、猫に「心がない」と考える人はいるだろうか?

猫に心がある、感情がある、というのは「こうした擬人化は科学的データがなく、人間の身勝手な投影であるとの戒めもあるので、ここでは言及しない」(32ページ)だそうで。

そして;

 こうした情動が不在な動物種に対して、人間がその特異性を持ちうるのが、情動が行為に介在する、という点にある。

人間だけが情動があり「行為に介在する」のだという。どうも上野氏のこの主張には違和感を覚える。

「恐れ」や「怒り」は魚にもある脊椎動物の根源的な感情だし、子供の頃クワガタをケンカさせた記憶のある人もいるだろう。クモを戦わせる競技もある。節足動物にも「怒り」の感情はあると考えてよい。

なぜ考えてよいかというと、感情は大脳新皮質による高次の精神活動に限るものではなく、ホルモンの分泌レベルの生化学的な現象の場合もあるためだ。

上野氏は139ページで生後9ヶ月の乳児に対してこう書いている。

 果たして、この段階で乳児に感情、つまり「心」が作動するのかはまだわかっていないが、様々な研究を通じて、どうやら「心」の存在は認められている。

心=感情、という認識には驚いた。

上野氏が使うべき言葉はおそらく「自我」や「自己意識」ではないだろうか。

自我や自意識という言葉を知らず、心すなわち感情などと平気で書いてしまうのは著者の浅薄な人間観の現れであり、時々やらかすネット上でのトラブルはそのへんに原因があるのでは、と考えるのはうがちすぎか。

少なくとも、脳科学などにコミットしてまともな記事を書ける、科学ジャーナリストとしてのスキルがないことはこの本で分かった。

うつ病が脳の病気だということを理解していない

10年以上「うつ病ジャーナリスト」としてやっていながら、上野氏はうつ病が脳の病気であることを十分に理解していないようだ。

うつ病を「心の生活習慣病」と呼ぶことに素直に同意しており(41ページ)、精神病について「果たしてウイルスやがん細胞などと同列に論じていいのだろうか」(56ページ)、とか「そもそも精神疾患が「病」であるかどうか、という命題すら解決していないのだから」(66ページ)などと書いていて、精神病が脳の器質的な異常が原因(つまり客観的に「病気」を診断できる可能性がある)とする考え方に疑いを挟んでいる。

うつ病」という病気について学術的に十分調査したこともないように思える。上野氏のうつ病の本はあまり正確だったり新しい情報があったりしたことはないし、以下の2点から上野氏が最近のうつ病研究にコミットしていないことが分かる。

42ページ。

現在、行われている薬物治療も「脳内の神経伝達物質の不全によるものではないか」という仮説の域を出ていないのだ。

うつ病の原因はセロトニンの不足」などというモノアミン仮説を今どき本気で支持している研究者はいないだろう。『こころの科学』のような雑誌でもそこから進んだ学説が紹介されているし、野村総一朗氏の『うつ病の真実』や加藤忠史氏の『うつ病脳科学』など一般読者向けの本でも最近の脳科学の研究成果が解説されている。

68ページ。

もっとも、副作用が少ないはずの「SSRI」に衝動性・暴力性喚起や妊婦の催奇形性(先天的機能障害)発生の確率が高いなど、海外では危険性を問題視する声も多い。

岩波明氏の『うつ病――まだ語られていない真実』では「これまでの学術的な研究においては、SSRIが暴力的な犯罪を引き起こすという証拠は得られていない」(188ページ)、「攻撃性や衝動性に関しては現在まで信頼できる研究が報告されていない」(189ページ)と書かれているのだが。

催奇形性の問題もあまり他では聞かないが、事実だとして、妊婦に投与しなければ問題ない話。

上野玲氏は精神病の研究の脳科学的アプローチにあまり理解を示しておらず、その成果を活かして脳を治療しようということについても疑問を挟んでいる。

 この「ロボトミー手術」は、現在では人道的、また治療的にも疑問とされ、実質、廃止されているが、脳の部位治療で精神疾患を治すというのは、「科学は人間に寄与するためのものではなく、真実の追求が優先される」(驚くべきことに、これを在阪の医薬品を開発している研究者が当然という顔で言い放っていた)という考え方に沿ったようにも思えて、とうてい首肯できない。

 また、精神疾患とは何かを考えたとき、単なる「脳の器質異常」だけでは説明がつかない上に、予防的見地、及び予後の再発防止まで考えた場合、社会的問題や心理学・精神分析的アプローチも関与してくるのは明白である。

足を骨折したら足の骨を治すだろう。脳に病変がみつかったときそれを治そうとしてどこがいけないのか。

精神疾患に対して社会のかかわりや薬物などの脳の直接の作用によらない治療法で改善をはかることも必要だろうが、だからといって異常があるはずなのに脳を治すなというのは合理的な思考ではない。

あと、「科学は人間に寄与するためのものではなく、真実の追求が優先される」という言い方に不満があるようだが、何か間違が? 人間に寄与することを優先すべきなのは「工学」とか「医学」といった領域の話だろう。

57ページ。

 ましてや、昨今はアンチエイジングが女性を中心にもてはやされているが、老化を防ぐのは、人間を生物としてとらえるならば「反自然」である。人間は生まれたときから、一秒、一秒、老いて、死に向かっている。それに抗することが、医療の進歩とは思えない(<略>)。

アンチエイジング」自体は医療行為と単純には言い難いが、文脈的には医療の話なのでピックアップした。

まったく浅はかな物言いだ。世の中に「反自然」でない医療行為がどれほどあるというのか?

上野玲氏の精神医療に関する見識は以上のようなものなので、現状では医療ジャーナリストとして社会に資する記事は書けないし実際に書けていないと思う。

上野玲先生SNSを語る

210ページ。

(そもそも匿名の批判はありえないと私は思う。それは「誹謗中傷」である)

さすが実名で誹謗中傷やる人は言うことが違う。

http://togetter.com/li/50869

211ページ。

反論や異論など、「面倒臭いな」と思えば、いつでもスイッチを切ることで、その他者は消える。それが、リアルな対人関係とは大きな違いである。

さすが都合の悪いリプライが来ると即ブロックする人は言うことが違う。

210ページ。

その無責任な「言葉の暴力」で自殺者すらも生んでいるのに、それを問題視する日本人は少ない。

匿名掲示板ではなく、実名で書かれた紙の本も人を自殺に追い込むことがあるようだが。

http://www.amazon.co.jp/dp/4396112122/ref=cm_sw_r_tw_dp_YCpxqb11WM3NH

それを著者の人も問題視していないように見える。

失敗に寛容な日本

それにしても、

http://togetter.com/li/50869

これだけの炎上騒ぎを起こしておいてよく商業出版に戻って来れたものだ。

本書の脱稿後(推定)もまた炎上騒ぎを起こしている。

http://togetter.com/li/346220

<日本は失敗を許さない社会>などという識者の言葉をしたり顔で引用している場合ではない。

いかに日本が失敗に寛容であるかを実体験をもとに書き、若者に希望を与えるべきだ。