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『NHKスペシャル Z世代と"戦争"』に見るNHKのガバナンス

8月15日の終戦の日前後はNHKでは戦争に関する番組が多数放送される。この番組もその一つ。

https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2023081507254?playlist_id=5191bcec-3719-4443-904d-1c6cf5c538a1

8月20日時点ではNHK+で見られる。

この番組では、Z世代と呼ばれる若い層からアンケートをとるとともに、希望者を出演させて識者と討論するのが趣旨。

例年であれば「戦争は嫌です」という若者の声に「そうだね、戦争したらダメだよね」と識者が語って終わりだったかもしれない。しかし、ロシアがウクライナに侵攻して戦争が継続中であり、東アジアでは中国が台湾侵攻も視野に入れて軍拡中。この状況では一味違う展開となった。

事前に行われたアンケートは下記。

www.nhk.jp

番組を見て、アンケートを行ったときと、番組を収録したときとで、担当者が違うような感覚があった。

アンケートはいかにも、旧来の日本の「平和主義」のトーンで作られている。「■10年以内に日本が戦争に巻き込まれる可能性はあると思うか?」という設問の回答は下記。

アンケートで『10年以内に日本が戦争に巻き込まれる可能性はあると思うか?』を尋ねたところ、「あると思う」が17%、「どちらかといえばあると思う」が38%となり、あわせると半数を超えていました。一方、「どちらかといえばない」は21%、「ないと思う」は13%でした。

https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/blog/bl/pVv2mGav4V/bp/pGLkkEboVQ/

55%が戦争がある、どちらかといえばある、という過半数となっている。

これに対して回答者からの自由記載の選定にはNHK側の意図がうかがえる。戦争がある、という側のコメントとして選ばれたのは以下の通り。

  • 朝鮮半島における緊張感も高まっていると思うから(男性・16歳)
  • 台湾有事が起こった際には、日本の自衛隊アメリカ軍と共に派遣されると考えられるから(男性・17歳)
  • 集団的自衛権が行使される可能性があると思ったから(女性・18歳)
  • 戦争経験者が少なくなってしまい、また同じ過ちをしてしまうかもしれないから(男性・18歳)
  • 日本にはアメリカの基地があるためそこを攻撃されることがあると思ったから(男性・16歳)
  • チャットGPTなど、いろいろなテクノロジーを使った争いが起こり得ると思うから(女性・28歳)
https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/blog/bl/pVv2mGav4V/bp/pGLkkEboVQ/

「日本の自衛隊アメリカ軍と共に派遣される」、「また同じ過ちをしてしまう」、「アメリカの基地があるためそこを攻撃される」、という6件のうち半数は、日本が自衛のために主体的に戦うのではなく、台湾やアメリカの戦争に巻き込まれるだとか、日本が侵略を始めるという論調となっている。

いくら人生経験が少ない(そして学校などで教え込まれたことの記憶が新しい)若者の声といっても、中国の軍拡に触れた回答がなかったわけではあるまい。

放送もこういった、コメントのチェリーピッキングをするような人が仕切って作られるとばかり思ってたが、実際に見たら違った。

特に番組中で話題になったのが下記質問回答。


■もしも日本が戦争に巻き込まれたらどうするか?

『もしも日本が戦争に巻き込まれたらどうするか?』という質問に対しては、「戦闘に参加せず戦争反対の声を上げる」が36%と、最多となりました。

「戦闘に参加せず国外に逃げる」は21%、「戦闘には参加しないが戦いを支持する活動に参加する」は10%、「戦闘に参加する」は5%、「わからない/答えたくない」は22%となりました。

https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/blog/bl/pVv2mGav4V/bp/pGLkkEboVQ/

従前のこういう番組の方向からは、戦争に反対したり逃げたりする人が計57%、戦闘に参加するのはわずか5%という結果を持って、「若者は戦争したくない」、だから日本政府は防衛費を上げたりするなというような論調でまとめられたであろう。

ところが、放送に際して呼んだ識者が下記のような豪華メンバーだった。

  • 保阪正康(ノンフィクション作家/日本の近現代史を研究)
  • 長有紀子(立教大学教授/紛争地での人道支援や難民支援を続ける)
  • パックン(父は元アメリカ空軍士官)
  • 小泉悠(東京大学先端科学技術研究所専任講師/ロシア軍事を研究)
  • ノヴィツカ・カテリーナ(NHK国際放送局ディレクター)
  • みりちゃむ(モデル 21歳のZ世代)

例えば小泉悠氏が、アンケートの質問や選択肢が日本のように徴兵制がなく若者がすぐ戦闘に加われる条件にない国にそぐわないと指摘。

「戦争のときに『戦いますか?』という問いかけは、われわれが『徴兵制』などの軍事的な制度を受け入れて「社会の中に実装する覚悟があるかどうか」という問いかけでもあると思う。ウクライナの人たちが今、あれだけ幅広く戦えているのは徴兵制があるからであり、毎月仕事の合間に軍事訓練させる制度があったからでもある。今回のアンケートは、『戦う意思がある日本国民は、その気になったら戦争で戦える』という前提で作られているが、実際はなかなか簡単ではない」

https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/blog/bl/pVv2mGav4V/bp/pGLkkEboVQ/

他に、ウクライナ出身のノヴィツカ・カテリーナ氏がアンケートの回答に見られる日本人の意識が戦時下のウクライナの様相とかなり違うことを下記のように指摘している。

「皆さんは多分、抵抗イコール武器をとって戦うっていう考え方が強い気がするのですけど、ウクライナ人の場合は武器をとるのは一部の人たちで、他の「抵抗」っていう人たちは、ボランティアをしたりとか、募金活動をしたりとか、それも抵抗で、国外に逃げているウクライナの避難民たちも募金活動をしたりとか、抵抗を支持してる人たちなんですね。こちらのアンケートで言うところの10%の人たちですよね」

国外に避難する者も侵略者に抵抗する者であるということや、アンケートではわずか10%であるが、兵役に就かない人々の抵抗運動が日本人が考えるよりもっと幅広く行われているということを主張した。この番組にカテリーナ氏が出演することも「抵抗」の一部であり、この人なりのロシアとの戦いと考えた方がいいと思う。

カテリーナ氏の発言はもう少し続く。

「私すごい聞きたいのは、このアンケートの結果を見て、私すごい気になったんですよ。『戦争反対の声』って、誰に対しての声ですか? 侵略者反対、または、こちらの抵抗も反対、みんな武器を降ろしましょう、という戦争反対なんですか?」

アンケート時点のNHKの中の人は、どうも後者だったんじゃないかと思った。しかし、放送では識者が次々と、侵略者に対して抵抗する側に反対を唱えることはおかしいとの見解を示した。パックン氏はアメリカでは「石油のための戦争には反対」のように不当な武力の行使に対する反対の声があるが、身を守るための戦いまで反対とは言わないと話し、保阪正康氏は先の大戦では日本は今のロシアの側だったと言い、対米開戦に反対する者は弾圧をされたと説明。「戦争反対と主張する」と考えるのは容易だが、現実に侵略を行う側に異を唱えるのはきわめて難しいと話した。

おそらく、アンケート時点から収録までの間に、この方向では中立性に問題があるというガバナンスが機能したと推測される。少なくとも、旧来の「平和主義」が好き勝手に番組を作れるようにはなっていない。これはNHK内部の現実主義的、あるいは合理的な思考をするグループが力をつけているのか、それとも内部のガバナンス強化の結果なのか。推測に推測を重ねてもしょうがないので結論は出せないが。

とにかく、NHKにはいわば「チコちゃん派」と「ブラタモリ派」とでも言うべき2つの流れがあることは感じている。前者は旧来の「平和主義」が属する、事実はどうあれ自分のフィーリングを重視する派で、後者は合理的な思考をする派。

また、NHKは今回のウクライナの戦争について、明確にウクライナの側に立っている。それは中立性を重視しないということではない。むしろ、中立であるためにこそ秩序の破壊者とは敵対することをいとわず、被害を受ける側に寄り添う者となる。

もっと具体的には、NHKウクライナの公共放送の正確で公正・中立な報道を行うプロジェクトの指導役を担っている。

www.jica.go.jp

その教え子のウクライナのテレビ局がロシアに攻撃されれば、どんなに穏やかな人でもブチ切れるだろう。

ウクライナ問題に対して当事者に近い立場だったNHKは、この戦争で旧来の「平和主義」を相対化できるように変わった。その変化を歓迎したい。他のマスメディアはどうだろうか。